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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第82章
「いい子だ、ヴィクトリア……」
匠海のほうへ歩き出した妹を、誉めてくる兄の甘い声。
ヴィヴィのその華奢な身体に、荊が巻き付く様に纏わりつき、白い肌に無数の赤い傷が生まれる。
『戻って、ヴィヴィ……っ』
「そう、素直なヴィクトリアが好きだよ……」
(だって、クリス……、お兄ちゃんが、ヴィヴィのこと「好き」って……っ)
二人の兄の板挟みになったヴィヴィが、前方と後方を振り返りながら、迷った様に足を止める。
『ヴィヴィっ! 君だって分かってるんだろう? こんな事、許されることじゃないって……!』
追いかけてくるクリスの厳しい声に、ヴィヴィは頭を振ると、両手で耳を押さえた。
「おいで、ヴィクトリア……。そう、あと、一歩だ――」
その兄の声に気が付けば、ヴィヴィはもう匠海の目の前まで辿り着いていた。
自分を見下ろす兄は、途轍もなく美しかった。
しかしその前に立つ自分は、途轍もなく惨めったらしかった。
纏っていた洋服はずたずたに裂け、荊の棘に刺された腕や足、頬から血は滲んでいた。
(お兄ちゃんっ ヴィヴィ、やっぱり、お兄ちゃんのこと――)
そう心の中で囁きながら血の滴る両腕を伸ばし、目の前の兄の逞しい胸に飛び込んだヴィヴィは、その場に倒れた。
「おにい、ちゃん……?」
先程まで確かにそこに存在していた兄の姿は立ち消え、待っていたのは数え切れないほどの人間からの罵声。
『新たにスポンサーも付いて、これからって時に、何て事をっ!!』
『せっかく心を籠めて振付したのにっ あの時間はなんだったのっ!』
『こんなに何本もCM撮りも済んだのに! 全てパアだっ』
『こんな醜聞っ フィギュア界始まって以来の事ですよ』
『兄妹で……っ どうして、なんでそんな馬鹿げたことをっ!?』
『汚らわしいっ もうお前なんて、娘でもなんでもない! 二度と顔を見せるなっ』
非難と罵倒をその一身に受け、頭を抱えながら地べたに這いつくばったヴィヴィに、一本の救いの手が差し伸べられた。
その傷一つない美しい指先、逞しい腕の先を辿って視線を上げると、そこにいたのは柔らかな微笑みを湛えた愛しい兄の匠海――。