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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第82章          

「……お兄、ちゃん……っ」

 兄の手に必死に血の滲む両手で縋り付いたヴィヴィの顎を、匠海の氷の様に冷たい指先が捕え、覗き込んだ。

「『近親相姦』は、血が濃いほど好いらしいからなあ?」

「―――っ!!!」

 匠海の猥雑なその言葉に、ヴィヴィの灰色の瞳が限界まで開かれ、咽喉を絞められたような悲鳴が漏れ――。

 そして世界は暗転した。






「――ィ、ヴィヴィ……?」

「……――っ」

 かっと瞼を見開き覚醒したヴィヴィは、自分を覗き込む人物がいることに驚き息を飲んだ。

 薄暗い機内、こちらを心配そうに窺っている牧野マネージャーの顔に、ヴィヴィの華奢な身体がぎくりと大きく強張る。

「大丈夫、か……? うなされていたし、凄い汗……」

 その牧野の言葉に、ヴィヴィはビジネスクラスのパジャマを纏っていた自分の身体が、じっとりと濡れていることに気付いた。

「………………っ」

 首筋を伝う一筋の汗に、ヴィヴィの華奢な身体が震える。

「ヴィヴィ、大丈夫か……?」

 何度も根気強く訊ねてくれる牧野に、ようやく少し冷静さを取り戻したヴィヴィが、掠れた声で返事をする。

「…………は、い……」

 その小さな顔が真っ白であることに眉を潜めた牧野は、気遣わしげに続けた。

「もう後1時間ほどで、成田に着くよ……。風邪ひかないように、着替えようか」

「あ……、はい……」

 自分も腕時計で時間を確認したヴィヴィはゆっくりと席を立ち、着替えを用意してビジネスクラス専用の更衣室へと消えて行った。

 その広くはない個室の中、ヴィヴィは目の前の大きな姿見に両手を付き、自分を見つめていた。

(ヴィヴィは、正真正銘、本当の馬鹿、なんだろうか……)

「………………」

 頭から離れないのだ。

 スカイプ越しの、匠海の笑顔が。

 あんなに兄の姿を極力目に入れないように、気を配っていたのに。

 1ヶ月半ぶりに目にした匠海の姿は、どんなに頑張っても頭から離れてくれない、消えてくれない。

 それどころか、その笑顔につられてずるずると思い出してしまう。

 今迄に、匠海が兄として自分に向けてくれた笑顔、優しさ、思いやり。

 そして、自分が過ちを犯した後でも、向けてくれた優しい微笑みと、意地悪な微笑。

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