この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第83章
『そうか』
「あ、じゃあ。そろそろ」
PC画面上で時間を確認したヴィヴィが、終わりを促すと匠海は小さく手を上げた。
『ああ。じゃあまた』
「うん。また」
にこりと笑ったヴィヴィは、短い別れの言葉ののち、スカイプの回線を切った。
小さな顔からゆっくりと剥がれ落ちていく微笑み。
脳裏には先程の匠海の姿がこびり付く様に残っている。
グレーのスーツを纏った兄は、少し髪を短くしたようだった。
今、オックフォードは同日の土曜日の朝8時。
英国支社に行くのか、もしかしたらMBAプログラムの一環で、コンサルティングをしている企業に行くのかもしれない。
オックスフォード大学のMBAは講義の他に、課外活動で“プロジェクト”があり、匠海は4月から6月の間、クライアント企業へとチームの皆と伺っているらしい。
きっとその辺の事はクリスのほうが詳しいだろう。
双子の兄は将来受ける予定のMBAに興味津々で、しょっちゅう匠海とコンタクトを取っているらしいから。
「………………」
ヴィヴィは椅子から立ち上がると、模試の成績表を直しに、書斎の壁一面をぐるりと囲む書棚へと向かう。
ファイルに成績表を直しながら、桃色の唇から吐き出される小さな吐息。
匠海が誕生日プレゼントのお礼の電話をよこした日以降、週に1回、自分からかける電話。
それだけが、自分たち兄妹を繋いでいる。
元気そうな匠海の様子にほっとして、近況を聞いてさらにほっとして。
けれど自分の近況は、良いニュース以外は、殆ど自分からは口にしなかった。
恐かったのだ、兄に自分の弱いところを見せるのが。
元来甘ったれの自分は、兄に甘えてしまいそう……というのもあるが。
それとは別に、弱音を吐いたらそこからぼろぼろと全てが崩れ落ちてしまいそう、という強迫観念もあった。
そして弱みを見せたら、兄にまた何かを仕掛けられそうで。
「………………はぁ」
何度か思った。
この電話を掛ける行為をやめれば、自分達は終わるのではないかと。
きっと自分から電話しなければ、兄はしてこないのではないか?
そうすれば、こんな苦しい関係を断ち切れるのではないか?