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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第83章         

 まだ少し時間があったので、防音室の隅にあるオーディオセットへと向かう。

 マウリツィオ・ポリーニという、イタリアの年配男性ピアニストのCDをセットする。

 SPの『喜びの島』の音源は、このピアニストの演奏を使っている。

 ヘッドフォンをしたヴィヴィは、ソファーに座り背を預けると、瞼を閉じて演奏に聞き入る。

 さすがピアノ界を牽引する御仁の演奏は素晴らしい。

 彼の常の演奏は硬質なタッチに加え、決して感情に溺れず深く計算された高い完成度を誇るもの。

 この『喜びの島』に関してはさらに一線を画し、ギリシア彫刻にも比せられる芸術性と、透徹したピアニズムを感じさせられる。

(でも、なんかちょっと、違うの……) 

 ヴィヴィの心の中に、彼の演奏の全てを受け入れられない自分がいる。

 そしてその理由も、きちんと把握している。




     『エンマとセックスした気持ちよさ、を表現しているんだよ、

      この曲は――』
 



 後世まで愛し親しまれるであろうドビュッシーのこの名曲を、そんな猥雑な表現で評してしまった匠海。

 その兄が演奏してみせたもの――それが今のヴィヴィにとっては “求めている『喜びの島』” なのだ。

 だからマウリツィオ・ポリーニの演奏が悪い訳ではない。

 何十人もの演奏を聴き比べ、自分で選んだのだから文句をつけるつもりなどさらさら無い。

 音楽と共に頭の中で振付を思い浮かべる。

 それを何度か繰り返すと、もう就寝時間が近くなり、ヴィヴィはクリスと連れ立って防音室を後にした。








「――ァ ……ヴィクトリア」

 自分の名前を呼ぶその声に、ヴィヴィは覚醒しゆっくり瞼を上げた。

 そして、ベッドに寝そべる自分に覆い被さっているその人物に、唖然とした。

「お……、お兄ちゃん、ど、どうして日本に?」

 ベッドサイドのランプに照らされ浮かび上がったのは、英国留学中の筈の長兄・匠海の姿。

「うん、どうしてもお前に会いたくて、日本に帰ってきたんだ」

「え……、うそ……っ」

 すぐ目の前で優しく微笑む匠海の言葉に、ヴィヴィは信じられないと言いたげに瞳を瞬かす。

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