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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第84章
「私もお二人のペアプログラム、とても楽しみにしておりました。来年は素敵な物が出来るといいですね?」
「うん。ヴィヴィも去年すっごく楽しかった、クリスとのペア。うん。受験を乗り越えて、またやろう~!」
そう言って元気一杯笑ったヴィヴィに、朝比奈も銀縁眼鏡の瞳を細めた。
8月に入った。
グランプリシリーズ初戦のNHK杯まで、2ヶ月半に迫ったこの時期。
アクセルの助走修正も順調、SPとFPの滑り込みも出来、少しステップが未完全というこの時期にしては上々の出来。
なのにヴィヴィは毎夜のように、悪夢にうなされていた。
夢の内容は日替わりで――。
試合でSPの『喜びの島』の出だしを、ポーズを取りながら待っているヴィヴィに、流れてきたのは全く違う曲で、抗議しても聞き入れられず「この曲で滑れ」とジャッジに言われる夢。
試合で滑走中に靴紐が切れてしまう夢。
同じく、エッジが金属疲労で真っ二つに折れてしまう夢。
東大受験に失敗し、来年も受験をしたいとスケ連に報告し、叱責される夢。
そして、SPの振り付けのために渡米した帰りの飛行機で見た、匠海の出てくる悪夢。
少しでも安眠出来るよう、藁にも縋り付く思いで選んだハーブティーも効果は無く。
今夜も憂鬱な気分でキングサイズのベッドに横たわったヴィヴィは、暗い寝室の中瞼を閉じる。
「…………はぁ……」
勉強に、スケートに明け暮れ、毎日くたくたに疲れているのに、安息の為にとる睡眠が全く安らぎにならない。
『アスリートは、休むのも仕事のうち、だからね……?』
以前クリスに忠告された言葉が脳裏をよぎり、ヴィヴィはまた深い溜め息を付いた。
こうなった理由は分かっている。
怖いのだ。
後数日で渡英し、実の兄である匠海に再会することが。
世界選手権で渡英したヴィヴィは、兄に抱かれている最中、確かに思っていた――これから5ヶ月離れ離れになるが、自分の躰を憶え込んで、忘れないでと。
しかし今は全く逆だ。
忘れて欲しい、自分の躰の全てを。