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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第85章
「ええ。これは夏剪定って言ってね、秋の花を揃えて咲かせるために行うのよ。ちょっと難しいから、ヴィヴィにはそうねえ……花がらの処理をして貰おうかしら」
終わりかけた薔薇の花首だけ切り落とすそのやり方を教えてくれる祖母に、ヴィヴィは熱心に聞き入る。
いつも穏やかで、けれどお茶目な一面も持ち合わせている彼女。
しかしその祖母は、祖父との大恋愛の末、一人海を渡りこの地に嫁いできた本当に芯の強い女性。
「グランマは、怖くなかったの?」
ヴィヴィは処理すべき薔薇を見定めながら、声だけで祖母に問いかける。
「え?」
「グランパに着いて英国に来たの、結婚して自分が変わっちゃうの……、怖くなかった?」
日本の旧家の出だった箱入り娘の祖母は、出張で来日していた祖父と恋におち、一族の反対を押し切って殆ど駆け落ち同然で英国へと渡り、この地で家庭を持った。
祖父は本当に愛情豊かで、周りの人間を幸せで包み込んでくれる、ヴィヴィも尊敬する人。
その祖父の支えがあった事は言うまでもないが、それでも世間知らずのお嬢様だった祖母が、異国の地で生活を積み重ねていくのは並大抵ことではなかっただろう。
「まあ、少しはね……。でも、愛している人が傍に居てくれるだけで、怖いのも薄らぐわ。一人じゃない。喜びも苦しみも分け合って生きてこれた。あの人だけじゃなく、グレコリー達のように賑やかで楽しい子供にも恵まれたしね? きっとそれは、ジュリアンも同じじゃないかしら? 私とは逆で、日本に一人で嫁いだのだから」
(そっか……マムも……)
祖母のその言葉に、ヴィヴィは小さく頷く。
いつも明るくてバイタリティーに溢れている母だが、来日した当初は本当に大変だったろうと思う。
祖母は最初から英語が堪能だったようだが、母は違う。
今では片言の日本語が喋られるが、嫁いだ当初は全く駄目だったらしい。
まあ、当たり前だが父は英語もペラペラだから、夫婦感の意思疎通の問題は全く無かっただろうが。
「どうやったら、そんな……信頼関係が築けるんだろう……」
兄妹の自分達は万が一思いが通じ合っても恋人にも夫婦にも成れず、互いを信頼しあうパートナーになるしかないのに、今の状態はそこからあまりにもかけ離れている。