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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第85章
「俺、数ある薔薇の中でも、これの香りが一番気に入ってるから」
ヴィヴィをまっすぐに見下ろしてそう語り掛ける匠海に、しかしその妹は薔薇へと視線を落とした。
「そうなんだ……」
(お兄ちゃんの好きな香り……か……)
8cm大で薄紫色の、カップ咲きのそれを顔に近づけたヴィヴィは、またその香りを確かめる。
甘ったる過ぎずすっきりとしたその香りは、確かにヴィヴィも好みだ。
「無理、させてないか?」
斜め上から降ってきた兄の言葉に、ヴィヴィは心の中で首を傾げる。
(……無理……?)
「ああ。うん……大丈夫……」
「そうか……」
自分と視線を合わさずにそう答えたヴィヴィに、匠海は短く相槌を打ち、二人の会話が途切れた。
日が陰り始めた回廊に涼しい風がびゅうと吹き込み、ヴィヴィの長い金髪を巻き上げる。
目の前に広がる自分の髪が目に入らないよう瞳を細めたヴィヴィは、その風下にいた匠海に手首を取られた。
(……え……?)
心の中であげた疑問の声と、何故かスローモーションのようにコマ送りで瞳に映し出される、急激に変わる視界。
そして気付いた時には、ヴィヴィは匠海の胸の中に抱き込まれていた。
「………………」
風も吹きつけないしんと静まり返ったそこは、先程まで兄がいたライブラリーの中だった。
照明が落とされ薄い闇の広がり始めた室内で、何故か兄に抱きしめられている自分。
「……お兄、ちゃん……?」
当惑してそう呼び掛けたヴィヴィに返されたのは、何故か感情を押し殺したような苦しげな兄の声音。
「悪い……。少しだけ、こうさせて」
「…………う、ん……」
(抱き締めたいのなら、好きなだけ抱き締めればいい……。ヴィヴィはお兄ちゃんの『人形』にはなりたくはないけれど、『お兄ちゃんのもの』だから……)
しんと静まり返ったライブラリーと同じく、穏やかな鼓動しか刻まない自分の心臓。
なのに頬を寄せた兄の胸から伝わっくるのは、常よりも早く脈打つ心音という違和感。
「ヴィクトリア……」
(だからなんで、そんな、寂しそうな顔、するの……?)
抱擁を少し緩めて自分の顔を覗き込んでくる匠海を、ヴィヴィは冷静に見つめ返す。