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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第85章
何だか妙だ。
立場が逆転したような、心の中身を互いに取り違えてしまったかのような、そんな感じ。
まるでヴィヴィに恋焦がれているような匠海と、そんな兄を全く何とも思っていないような妹の自分。
「いい香りがする……」
ヴィヴィの首元に顔をうずめた匠海は、熱い吐息と共にそう零す。
「……薔薇……」
冷静に自分の持っている一輪のそれのせいだと指摘したヴィヴィに、匠海はそこで小さく首を振った。
「それだけじゃない……。ヴィクトリアの香り、だ……」
「………………」
しばらくして抱擁を解かれたヴィヴィは、自分で扉を開けてライブラリーを後にする。
あてがわれた部屋へと戻ったヴィヴィを、執事のリーヴが待っていた。
「大奥様が、これをと」
差し出されたのは、すでに水を湛えた美しい陶器の一輪挿し。
「……綺麗……。ありがとう……」
薔薇を飾ってデスクの上に置いたヴィヴィは、リーヴを振り返って微笑んだ。
目礼して退出していくリーヴを見送り一人になったヴィヴィは、自分のギンガムチェックのシャツワンピースの襟口を指で摘まんだ。
そこへ高く細い鼻を寄せたヴィヴィは、くんくんと匂いを嗅いでみる。
「自分じゃ、分かんない……」
ぼそりとそう零したヴィヴィは、ふっと鼻から息を吐くと、ディナーの為に階下へと降りて行った。
8月12日――ロンドン滞在3日目。
いつも通り早朝のスケートレッスンを終え、屋敷に戻り受験生戦争まっしぐらに勉強を熟した双子は、祖父母と両親、そして数人駆け付けた親族と共にディナーを取った。
親族を見送り、またライブラリーでクリスと勉強に明け暮れる。
クリスと色々学ぶのは楽しい。
一見詰め込み型の暗記科目も、クリスが折に触れて付け加えてくれるうんちくに、自然と興味を惹かれて記憶へと定着させられていく。
ついつい長引いてしまう勉強時間にきりを付け、隣の防音室へと移動した双子は、それぞれ日本から持参した楽器に触れ始めた。
クリスの奏でるチェロの練習曲に、ヴィヴィがヴァイオリンでちょっかいを掛ける。
「こら……」
全然怖くもなんともない優しい声音で窘められ、ヴィヴィは声を上げて笑う。