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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第85章
一通りヴァイオリンを弾いたヴィヴィは、それを片して防音室に鎮座する漆黒のグランドピアノへと向き合った。
譜面台に広げたのはピアノ講師の出した課題、ショパンの練習曲作品25-11――別名『木枯らし』。
ヴィヴィはこの曲を練習する時は、いつも全てのスケジュールを終え、後は就寝準備だけにしてから手を付けることにしている。
その理由は追々分かるので、敢えて語らない。
『木枯らし』、それはまさに運指との戦い。
冒頭はp(ピアノ)で奏でられるゆっくりとした主旋律――と見せかけて、その後に続く第一主題はとてつもなく急速な、右手の分散和音。
広い鍵盤の3/4を走り回る右手の激しい半音下降と、左手を跳躍させ奏でる和音構成音とを巧みに組み合わしたこの曲は、聞く者に一種異様な印象を与える。
あたかも鍵盤上に木枯らしが吹き荒れるかの如く、不安を煽るような主旋律が耳に残る。
とにかく酷使する右手を、第二主題の冒頭で少しだけ左手にその役割を担わせ休憩させると、またラストまでマッハで16分音符の6連符をとにかく弾き続ける。
3分半ほどの曲を弾き終えたヴィヴィは、「ぐはぁ……」と17歳の乙女らしからぬ唸りを上げ、鍵盤に突っ伏した。
ショパン・エチュード全曲の中にあって燦然と輝く金字塔であり、最高峰、珠玉の名曲。
しかしヴィヴィが弾けば、それは曇った硝子玉に落ちぶれてしまう。
(も、もう一回……。っていうか、いつもホ短調に変わるところで、もたつくんだよね……)
譜面に顔を近づけて穴が開きそうなほどその指番号の指示を確認したヴィヴィは、そこを何度も弾き直す。
「むむむ……」
可愛らしい桃色の唇から洩れるには余りに相応しくない唸りを上げながら、ヴィヴィは何度もさらう。
鍵盤の上で右指が無駄にバタつき、絡まる。
『鍵盤に指を吸い付かせるイメージで弾くんだよ』
そうピアノ講師に言われた指示を思い起こし、意識してそうしていると、白い鍵盤の上に影が下りた。
暗くはないが気になりふと顔を上げたヴィヴィは、すぐ傍に匠海が立っていたことに驚いた。
「……――っ」
(ま、また、駄目出しされる……っ)