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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第85章             

 年末年始に『喜びの島』を弾いた妹を酷評し、終いには椅子から引きずり降ろした匠海に、ヴィヴィは咄嗟に身構える。

「運指、変えてみれば?」

 そう上から降ってきたのは、意外にも誠実な声だった。

「え……?」

 ぽかんと見上げてくる妹よりも、その目の前の譜面に視線を落として指差す匠海に、ヴィヴィもそこを注視する。

「さっきから苦労してる、ホ短調に移調したところ……。譜面上は5の指から始める指示だけど、4から始めてごらん?」

 ヴィヴィは言われた通り、右手だけでその指使いで弾いてみる。

「わぁっ 弾ける! 指絡まんないっ」

「後、ホ短調の2回目の降下パターン……、ここは逆に5の指から始めるといい」

「へ~、なるほど……」

 こちらもその通り弾くと上手く運ぶ。

 その指番号をペンで書きこみ、改めて楽譜と睨めっこするヴィヴィに、匠海は続ける。

「この曲、譜面によって指番号の指示、全然違うんだよ。時間に余裕があれば、別の譜面を取り寄せて研究してごらん?」

 そう言いながらやっと自分に視線を向けた匠海に、ヴィヴィは素直に頷く。

「うん、そうする。ありがとう」

 ヴィヴィは尊敬の眼差しで匠海に礼を言いながらも、頭の中では違うことを考えていた。

(お兄ちゃんが留学を終えて来月帰国したら、ヴィヴィ、お兄ちゃんにピアノ教えて貰えばいいんじゃない? ……まあ、してくれないだろうけれど……)

「って偉そうな事を言いながら、俺、最近忙しくてあんまりピアノ弾けて無くて。実際弾いたらボロボロだろうけどな……」

 肩を竦めながらそう言って去っていく匠海は、今度はクリスにちょっかいを出しに行った。

 しばらく楽しそうな兄二人を眺めていたヴィヴィは、また鍵盤に向き合いその難度の高い練習曲にひたすら打ち込んだ。

「み、右手がぁ……っ」

 練習時間が終了し、クリスがチェロを磨いているその横で、情けない声を上げたヴィヴィは、右手首を左手で掴み、その先で震え続ける指先に耐える。

 そう……、この曲を弾いた後は毎回こうなるので、一日の終わりに弾くようにしているのだ。

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