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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第86章
昨年、親族達と外へディナーに行った帰り、ヴィヴィはリムジンの中で「乗ってみた~いっ!」と言っていたが、クリスは「僕……やだ……」と心底嫌そうだった。
なぜならば――、
「く、クリス……。大丈夫……?」
透明なカプセルの外周の手摺りに腰かけ、妹のお腹に顔を埋めて縋り付いているクリスに、ヴィヴィはそう声を掛ける。
「……だ、大丈夫……じゃ、ないかも……」
そう情けない返事を寄越してくるクリスは、極度の高所恐怖症だから。
(な、何故にそこまでして、ロンドンアイに乗る……?)
ヴィヴィは一応そう頭の中で突っ込んだが、その答えは本人に確かめるまでもない。
ヴィヴィのため。
なんだか落ち込んでいる妹を、ただ元気づけるため――ただ、それだけのため。
「………………っ」
(どうして、そんなに優しく出来るの……?)
眼下に広がる素晴らしい景色を目にしながらも、ヴィヴィの目頭がじんと熱くなる。
泣きそうになり、自分の腰に両腕を回して小刻みに震えるクリスの髪を撫で回す。
(優しい優しいクリス……。ヴィヴィの中にクリスの半分でも優しさがあれば、こんな事にはならなかっただろうか……)
匠海は普通に誰かと結婚して幸せな家庭を築き、そして自分は兄への気持ちをずっとひた隠し、許されざる恋心を抱え、独りその生涯を閉じる。
そういう未来もあったのかもしれない。
ただ馬鹿な自分は考えなしに、こういう未来を選んでしまったが。
せっかくクリスが頑張って同乗してくれているにも関わらず、ヴィヴィは景色など見ていなかった。
ずっと先に広がる地平線にぼうと視線を向けていたヴィヴィに、一人のご婦人が声を掛けてきた。
「この子は、気分でも悪いのかしら?」
綺麗なグレイヘアの上品なご婦人は、心底心配そうにヴィヴィの腹にしがみ付いているクリスを見つめている。
「あ……。彼は高所恐怖症なのに、私に付き合って乗ってくれたんです」
あははと笑ったヴィヴィに、ご婦人はほっとした表情を浮かべたのち、にっこりと微笑んだ。
「あらまあ。可愛い事。よっぽど貴女の事が、大好きなのね?」
その言葉に、ヴィヴィはまた泣きそうになり、クリスの頭を撫でて気持ちを誤魔化した。