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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第86章               

「……ええ。優しい兄なんです」

 ヴィヴィの唇から洩れたその言葉は、心底クリスを信頼し、敬愛しているものだった。

「楽しんでね?」

 素敵な笑みと共にそう言ってくれたご婦人と、その隣のご主人にヴィヴィも笑顔を向ける。

「はい。お二人も、よい一日を」

「よ、よい、一日をぉ……」

 ヴィヴィに続いたその情けないクリスの声に、ご夫婦は笑っていた。

 二人が離れて行き、ヴィヴィは視線を眼下へと戻す。

 ちゃんと見よう。

 ちゃんと楽しんで、目に焼き付けよう。

 これはクリスがヴィヴィにくれた、大切なプレゼントだ。

(馬鹿と煙は高いところが好きってね……。ヴィヴィは馬鹿だから、高いところ大好き!)

 クリスは超天才児だからかこのカプセルに乗る前、大型スクリーンの部屋に通され3D専用メガネで事前説明があったが、それさえも無理でメガネを外すくらい高いところが嫌いだが。

 その時のクリスを思い出したヴィヴィはくすりと笑うと、口を開いた。

「クリス。左手にウェストミンスター寺院が見えるよ?」

「き、綺麗……?」

「うん。上から見るとなんか違って見える。より厳粛な感じがして、とっても素敵」

 英国王室の戴冠式や結婚式が行われる、そのゴシック建築の美しい建造物。

「よかった……」

「目の前にはね、テムズ川が流れてる。おっきいよっ そういえば、ここを舞台にした映画があったね?」

 ヴィヴィのその問いに、クリスがくぐもった声で続ける。

 クリスが喋ると、お腹が少しこそばゆい。

「デイ・アフター、首都沈没……。テムズバリア(巨大堤防)が役に立たなくて、この辺一帯水没するっていう……」

「そうそう! よく覚えてるね。あ、エリザベスタワー(旧ビックベン)の鐘が鳴ってる」

「……ほんとだ……」

 ヴィヴィは時計塔に視線を合わせ、その荘厳な音色に耳を傾ける。

 4つの音で奏でられるメロディは聞き馴染みがあり、BSTをはじめ日本の多くの学校のチャイムもこれを模している。

 そしてその後に続くのは、時を刻む鐘の音。

「……13回、鳴った……」

 クリスのその小さな声に、ヴィヴィも頷きながらその頭と背中を撫でる。

「うん。もう13時なんだね」

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