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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第86章
その道すがら、ヴィヴィはぴたりと足を止めて、クリスを見上げた。
「クリス、ヴィヴィを元気づけようと思って連れて来てくれたんでしょう? でもね、もういいんだよ?」
「え……?」
短い返事と共に少し驚いた色を浮かべた瞳を向けてくるクリスに対し、ヴィヴィはどんな表情を浮かべていたのだろうか。
「もう、ヴィヴィの事、放って置いてくれていいんだよ? ヴィヴィは、こんなにクリスに優しくして貰えるような、人間じゃない……」
(今日だって、罵倒されるべき事をしてたから、スケートの練習が出来なかったのに……)
だからもういい。
馬鹿な妹など放って置いたほうが、どれだけクリスのためになることか。
そう思って俯いたヴィヴィの顔は、クリスの手によって強引に上を向かされた。
ヴィヴィの鼻先で見下ろしてくるクリスの灰色の瞳には、何故か怒りの感情が映し出されている。
「ヴィヴィに愛情を向けるかどうか――それは “僕が” 判断することだ」
いつもの彼らしくないその強い声音と視線に、ヴィヴィは大きな瞳を見開いた。
「………………っ」
(なんで……、どうして……)
そのまま固まってしまったヴィヴィに、クリスは顔を掴んでいた手を解くと、いつもの静かな瞳で覗き込んできた。
「ヴィヴィ、楽しかった……?」
ヴィヴィはこくりと頷くと、ゆっくりとクリスの胸に抱き着いた。
日本だったら人の往来のある外でこんな事はしないが、まあ、英国だから大丈夫だろう。
匠海とほぼ背が変わらないクリスの胸は、細いけれど引き締まっていて逞しい。
暖かなその抱き心地に、ヴィヴィはほっとする。
「うん、とっても。本当にありがとう」
楽しかった。
嬉しかった。
クリスが自分を慰めようとしてくれているその気持ちが、何よりも一番心に沁みた。
「どういたしまして……」
クリスのその優しい声に、ヴィヴィは双子の兄の背に腕を回したまま、顔だけ上げて彼を覗き込む。
「クリスは?」
「最悪……」
そう心底嫌そうに呟いてうな垂れたクリスに、ヴィヴィはぷっと噴き出した。
「あははっ クリス、可愛いっ」
「可愛く、ない……」
ぼそりとそう突っ込んでくるクリスがなおさら可愛くて、ヴィヴィは声を上げて笑う。