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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第87章
「はい。ヴィヴィ、これで滑りたいんです。以前お願いしていた物が、今日やっと届いて……。お手数ですが、編集して貰えますか?」
ヴィヴィは正直、屋敷の防音室にある編集の機械の使い方が分からない。
オリンピックシーズン、サロメの編集で手こずっていたヴィヴィを匠海が助けてくれたが、それ以降機械も触っていないし、出来る自信もない。
「お安い御用よ。で、これ、誰の演奏なの?」
何も書かれていないそのCDとケースを、ジュリアンは裏表を確認しながらヴィヴィに尋ねる。
その質問に、ヴィヴィは何故か言い淀み、ふっと苦笑してみせた。
「……聞けば分かる、よ」
母とリンクへ向かう最中、ヴィヴィの心は沈んでいた。
あれは英国で行われた世界選手権に応援に来てくれた匠海に、一緒に過ごした兄の部屋で翌朝、耳打ちでおねだりしたヴィヴィの誕生日プレゼント。
今シーズンのSP『喜びの島』の匠海の演奏を録音したもの。
「忙しい」「嫌」「無理」と散々拒否されたのに、何故か今になって贈られた。
(なんで、素直に喜べないんだろう……)
ヴィヴィの心を重くする理由はそこだった。
正直、今の匠海は心底忙しい筈。
7月から始まっている Sumer Term の、他社のコンサルティング。
通常の大学の講義。
そして自社の英国支社での仕事。
そんな多忙な匠海は、ピアノに触れていないと言っていたが、屋敷で確認したCDの演奏は、ヴィヴィからしたら完璧だった。
求めていた通りの物――いや、それの遥か上をいっていた。
作成に費やした練習時間、録音スタジオとスタッフの手配、録音・編集等、掛かった時間も手間も費用も、ヴィヴィが兄にプレゼントした誕生日の贈り物以上だった筈。
なぜなら兄には、完璧主義なところがあるから。
そして派手な事が嫌いな匠海は、妹が自分の演奏をSPに使用すると分かっていて送ってきた。
勿論、ヴィヴィは家族やチームスタッフ以外に、兄の演奏だと言うつもりはないし、万が一演奏者を明確にする必要がある場合、偽名で通そうと思っている。
「………………」
こんなにしてくれたのに、素直に喜べない。
死ぬ程感謝はしているのに、嬉しくない。
それが何故なのか、その時のヴィヴィには分かっていなかった。