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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第88章
「あっ! もうこんな時間だ。迎え、来ちゃってる。じゃあね~!」
ヴィヴィは外していた腕時計を着けると、ばたばたと荷物を纏めて皆に別れを告げる。
「うん、お疲れ~。また明日ね~!」
「ばいば~い。ヴィヴィ、急ぎすぎて転ばないようにね?」
友人達にそう見送られ、ヴィヴィはぶんぶん手を振ってクリスが待っている教室へと急いだ。
「匠海様が先程お戻りになったと、お屋敷から連絡がありましたよ?」
双子が迎えのベンツに乗り込むと、運転手がそう報告してきた。
「そう。帰りは夜かと思ってた……」
クリスのその相槌に、ヴィヴィも無言で頷く。
匠海とロンドンで過ごしてから1ヶ月と少し。
その会っていない期間はあっという間に過ぎ、そしてあと数分で最愛の兄に対面する。
「………………」
ヴィヴィの灰色の瞳が、その心境を表すように小刻みに振れていた。
不安。
戸惑い。
当惑。
そして、いくばくかの恐怖。
ヴィヴィの心の中にあるのは、そういう負の感情ばかり。
1年半離れて暮らしていた兄と、また一つ屋根の下で暮らす。
匠海が渡英すると知った時は、あんなに離れるのが嫌だったのに、心が引き千切られそうな程、寂しかったのに。
月日は人の心さえも変化させてしまうのか。
車窓から見える見慣れた風景に、鼓動が早くなる。
あと少しで屋敷に着く。
あと少しで匠海の目の前に立つ。
(笑わなきゃ……。「留学お疲れ様でした」って「MBA取得、おめでとう」って、お祝いを述べなきゃ……)
どくどくと早鐘を打つ胸が苦しくて、ヴィヴィは咄嗟に心臓の上のネクタイを握り締めた。
ギュッと目蓋を閉じ、身体が震えそうになるのを堪える。
(一人で、解決しなきゃ……っ)
そう胸の中でもう一度決意を固めた、その瞬間、
「……――っ!? やっ いやっ な゛……っ!? あははっ いやぁ~っ やめてぇっ!」
ヴィヴィはベンツの後部座席で、笑い転げていた。
何故かクリスの『脇腹くすぐりの刑』を受けながら。
ベンツが広いとはいえ車の座席、運転中の車から逃げ出せる筈もなく、ヴィヴィはその場でのた打ち回っていた。
(な、なんで……? ヴィヴィ、何かしたっ!?)