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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第89章            

 ヴィヴィはコーチ陣から離れ、イオンウォーターで咽喉を潤しながら、iPadで先ほどの自分の演技を振り返る。

 で出しのところは微笑みを湛えていい感じなのだが、滑れば滑るほど無表情になって行く。

 手指の先・足先まで神経を張り巡らせることが出来ていない為ずさんな印象を与え、スピン後の脚の下ろし方やステップの処理も、集中出来ていない為に荒っぽく見える。

 そりゃあそうだろう。

 先ほどSPを滑っていたヴィヴィの中には“喜び”の感情など皆無だった。

(今のヴィヴィ……、お兄ちゃんに踊らされているみたい……)

 大きなその掌の上で、好きな様に転がされ。

 兄の顔色一つ、言葉一つに、身も心も翻弄させられて。
 
 兄の求める様にその名を呼び、喘ぎ、感じ、身悶えるその様子はまるで、

 氷の上で兄の演奏に乗せ、天から延びる無数の糸に絡め捕られ、踊らされる操り人形の様。

「………………」

(お兄ちゃんの演奏を音源に使ったのは、失敗、だったかな……)

 そう考えてしまい、ヴィヴィはぷるぷると首を振ってその考えを追い出した。

 何十人もの演奏を聴き比べ、その中でも兄の演奏がいいと思ったのは確か。

 そして先程の柿田トレーナーの提案した方法なら、きっと次はうまくやれる。

 ヴィヴィはそう思い直し、今自分が一番喜びを覚えている事を思い浮かべた。

 クリスのSPの通しが終わり、また自分の番がやってきて呼ばれる。

(大丈夫。ヴィヴィはやれる……)

 そう自分に言い聞かせながら、ヴィヴィは肩を回して力を抜きながらリンク中央へと滑って行った。








 リンクから屋敷へと戻る短い移動時間、ヴィヴィはいつもの日課として、車の中でiPadを使い今日のSPを見直していた。

 柿田トレーナーの考案した方法で滑った2本目は、まあまあの出来だと思う。

 サブコーチに駄目出しされた1本目は、なんだか音楽に振り回されている感じで落ち着きなく、優雅さに欠けていた。

(この曲は音符細かいし……。同じように聞こえても32分音符だったり、装飾音符によるものだったり……)

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