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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第89章
一方、『喜びの島』の作曲家のドビュッシーは、妻よりも10以上も年上の愛人エンマ・バルダック銀行家夫人と手に手を取り合い旅に出る。
そこでこの曲は作曲されたのだが、その恋人との逢瀬の喜びも束の間、妻が拳銃自殺を図ったことにより、ドビュッシーは世間の非難を大いに浴びることとなる。
妻との離婚訴訟がようやく決着がついた頃には、年来の友人の多くがドビュッシーの元を去っていたという。
ヴィヴィの『喜びの島』のイメージ――それは夢想的な楽園。
愛の巡礼地。
尽きぬ快楽の島。
色彩鮮やかな花や樹木に囲まれ、優美な音楽に溢れ、雅な宴が催される。
もちろん自分の人となりを知る者などおらず、例え愛する人との道ならぬ恋でも、誰にも咎められず堂々と愛を囁き合い、睦み合う事を許される場所。
「………………」
(そんな場所……、この世にある筈も無いのに……。
そしてヴィヴィの愛する人は、その気持ちに応えてくれないのに……)
ヴィヴィは画集の上を指先で辿り、見つめ直す。
だから憧れる。
夢想し、渇望する。
けれどもし、兄が自分の気持ちに応えてくれたならば、自分はそこへ辿り着くことが出来るのだろうか。
ドビュッシーの様に、不義理を犯した上での恋として世間に後ろ指を指され、自分の愛する大切な人々に背を向けてまで、2人手を携え旅立つことが果たして出来るのであろうか――?
(…………分かんない)
ヴィヴィはそう頭の中で無責任に結論付けると、ティーカップの中で冷えてしまったハーブディーをくいと飲み干した。
「お嬢様。もう12時です。そろそろお休みください」
ソファー前のテーブルからティーセットを片付ける朝比奈にそう促され、ヴィヴィは「おやすみなさい」と挨拶して寝室へと下がった。
ベッドサイドのランプを灯してから、部屋の明かりを落とす。
高いベッドのスプリングをよじ登りながら、ヴィヴィはもう一度先ほどの疑問を思い返す。
(だって、分かんないもん……。いつまで経っても片思いだし……。恋愛は1人じゃ出来ないし……)
キングサイズのベッドに身を横たえたヴィヴィは、薄い羽毛布団を腰まで被りながら嘆息する。