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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第92章            

 そしてヴィヴィの止まらなくなったその心は、目の前の匠海へと、薄い唇から吐き出された。

「お兄ちゃんが、好きだよ……? 本当に……大好き……っ」

 泣き笑いの様な表情で兄を見下ろすヴィヴィの心は、もう止まらない。

(愛して……。ヴィヴィを愛して……っ

 ヴィヴィはそれ以上にお兄ちゃんを愛するから。 

 ううん、その10倍も100倍も愛するから――。

 だから、どうか、私を愛して下さい……っ)

 躰を繋ぎ止めている関節という関節が、じくりと疼いた。

 自分というものを形作っている細胞の一つひとつまでもが、「兄が欲しい」と叫んでいるかの様だった。
 
 苦しそうに兄を見下ろす妹とは対照的に、何故かヴィヴィを見上げている匠海の表情は、ぼうと惚けている様にも見え、どこか恍惚としていた。

「ああ……、本当にお前は……」

 兄の形の良い唇から洩れたその声も、まるで夢見心地の様で、いつもの匠海のものとはどこか違っていて。

(お兄、ちゃん……?)

 自分の事で一杯いっぱいだったヴィヴィでも、その異変に気付けたほど、目の前の兄の様子は常と違っていた。

 左右に小刻みに震える灰色の瞳は潤んでおり、自分に注がれる視線は、何か神聖なものでも崇めるかの様な眩しそうなそれで。

 だから、次に兄が口にした言葉を、ヴィヴィは咄嗟には理解出来なかった。

「ヴィクトリアは本当に……、人形の様に、愛らしい……」

 兄の発したその声は、芯の無いものだった。

 まるで何かに憑りつかれ、憑代(よりしろ)にされたかのように、心が籠っているのか判別のつかない不思議な声。

「………………?」

 目の前で何が起こっているのか分からないヴィヴィは、当惑したまま兄を見下ろす。

「フランス人形……、ビスクドール……? いいや、それ以上に、愛らしくて美しい――」

 そう続けられた声は先程よりはしっかりしたもので、ヴィヴィはようやく兄の言葉を、意味を持つ単語として受け止めた。

「…………人、形……?」

 ぽそりと呟いたヴィヴィに視線を向けている筈なのに、兄の瞳は自分ではないどこか遠くを見つめていた。

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