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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第92章            

 そんな事、全く思ってもいないのに。

 幸せなんてこれっぽっちも感じていないのに。

「ヴィクトリア……。俺のためだけに啼いてくれ。

 俺の可愛いくてエッチな“お人形さん”――ずっと大切にするから」

 とろんとした熱い眼差しで匠海を見下ろす自分。

 甘い声と吐息で匠海への愛を囁く自分。
 
 こんなのは自分じゃないのに。

 本当の自分は、

 『ずっと大切にするから』――最愛の兄にそう言って貰えたのに、

 怒り。

 諦め。

 哀しみ。

 喪失。

 失望。

 そういう負の感情しか持てない “人間” なのに。

 皮一枚を隔てた自分の内側に荒れ狂うのは、紛れもない苦しみ。

 愛する人に愛してもらえない――その底知れない苦しみに慟哭するだけの、出来損ないなのに。

「………………」

 なんでこんな事になってしまったのか。

 なんでこんな自分になってしまったのか。

 今になって、やっと解った。

 兄は自分を意のままに操れる『人形』にしたかった。

 その為に『飴』と『鞭』を使い分け、巧妙に妹である自分の心を翻弄した。

 踏み付け、

 繋ぎ止め、

 突き放し、

 甘く囁き――。
 
 兄だけを真実の人と思い込ませ、刷り込んだ。

 そうやって出来上がった今の自分は、傀儡。

 匠海の言動ひとつで天国へも地獄へも堕ちる、不安定だけれど盲目的な、人の形をした器。

 自分に伸ばされる大きな掌に、嬉しそうに頬擦りする自分。

 心底愛おしそうに自分の表層を撫で擦り、見上げてくる兄。


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