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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第19章
「お嬢様。支度が済みましたよ――。……お嬢様……?」
五月一日。
松濤の篠宮邸は薔薇に埋め尽くされていた。
La Reine Victoria(ラ・レーヌ・ヴィクトリア)と呼ばれるヴィクトリア英国女王から名を賜った美しいライラックピンク色のそれは、可憐な姿からは想像できないほどの強い芳香を放ち来訪者を迎えていた。
けれどむせ返るような華の中にいても、ヴィヴィの思考は別のところにあった。
(あぁ~……どうしよう……)
小さな金色の頭の中ではああでもないこうでもないと案が浮かんでは打ち消されていくが、その葛藤が終結を迎えることはない。
「……ヴィ……、ヴィヴィ……?」
馬耳東風状態で周りの声が全く入ってこないヴィヴィだったが、とうとう周りの者は痺れを切らしたらしい。
薄く化粧が施された両頬に手を添えられると、ぐきっという音がしそうなほど強引に左へと向けさせられた。
「痛……。何するのよ、クリス……」
グロスを塗られて艶々の唇をつんと尖らせたヴィヴィは、目の前5センチ先にある自分そっくりのクリスの顔を睨む。
「うん……怒った顔も可愛い……」
真顔でそう返され、ヴィヴィは毒気を抜かれて一息置いて苦笑した。
「なにそれ」
ヴィヴィの顔から手を放したクリスは手を差し伸べ、鏡台前のスツールから立たせる。
そこで初めてクリスの全身を見たヴィヴィは、こてと首を傾げた。
「あれ……クリス。なんでそんなにおめかししているの?」
目の前のクリスは千鳥格子柄のベストを合わせた黒の三つ揃えスーツを纏っていた。
首元には同じく千鳥格子柄の蝶ネクタイが飾られ、いつもストレートの金色の髪も少しだけ毛先を遊ばせている。
(ディナーに行く予定なんて、あったかな……?)
心底不思議そうに見上げてくるヴィヴィに、クリスは小さく嘆息する。
「いや……今日は――」
「自分の誕生日も忘れちゃったの? ヴィヴィってば……」
クリスの言葉に被せて聞こえてきた匠海の声に、ヴィヴィは部屋の入り口を振り返る。
匠海も紺色のスーツに薄いピンクのスカーフとチーフで同じくドレスアップしている。
(誕生日……?)
「え……あ……っ! 誕生日――っ!?」
素っ頓狂な声を出して、ヴィヴィが二人を指さす。