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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第92章            

(明日、マムに「スケート辞める」って言いに行こう。

 クリスにも「東大受験辞める」って言いに行こう。

 2人にも、きっとダッドにも、周りにも凄く怒られるだろうけれど、

 もう、どうでもいい。

 外交官……も、もういいや……。

 適当に入れる大学に入って、お兄ちゃんがヴィヴィを欲しがる時に、傍にいる……。

 それが、ヴィヴィの存在意義なのだから――)

 また注ぎ込まれる白濁に、身も心も内から白く染め上げられる。

 白い。

 何もかもが白い。

 自分のつるりとした外殻に入った亀裂が、細かなひびとなり、破裂する様に一斉に砕け散る。

 ――その後に残るのは、真っ白な自分の残骸。

 ぱらぱらと小さな欠片となった自分。

 さらさらとした砂塵となった自分。

 そしてその中心にあった筈の、心という名の熱い塊は、

 青白い炎に焼かれ、塵一つ残すことなく跡形もなく消え失せた。



「ヴィクトリア。バスに湯を溜めてくるから、寝ていていいよ」

 くたりとシーツに身を横たえたヴィヴィに、バスローブを引っ掛けた兄が、労わる様にそう声を掛けてくる。

「うん。お兄ちゃん……」

 甘ったれた声でそう囁くのは、いつもと変わらぬヴィヴィ。

 兄の足音が遠ざかり、ヴィヴィはだるい躰に鞭打ち、寝返りを打った。

 ぼうとしたヴィヴィの視界に入ったのは、2体の縫いぐるみ。

 兄妹が狂ったように激しく求め合ったベッドの隅で、今にも落ちそうになっているそれ。

 ヴィヴィは生白い腕を伸ばすと、それにゆっくりと触れ、指先で押した。

 ぽすりと軽い音を立て、自分の視界から消えた2匹にほっとする。

 あれはもう、自分ではないから。

 クリスの求める“可愛い妹像”になれなかった自分から、目を逸らしたかったから。

 そしてその小さな顔に浮かんだのは、心底幸せそうな表情。

 もうすぐ兄が自分を迎えにくる。

 まだかな。

 まだかな。

 ヴィヴィは早く、お兄ちゃんに触れたいの。

 背後から一歩ずつ近づいてくる足音に胸を高鳴らせれば、聞こえてくるのはやはり愛しい兄の声。

「ヴィクトリア、お風呂、入ろうね?」

 ほうら、お兄ちゃんが、ヴィヴィを迎えに来てくれた。


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