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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第93章          

「お兄ちゃん?」

 最愛の匠海が泣き出しそう。

 ヴィヴィはそれが悲しくて、まるで自分の事の様に切なくて。

 せめて自分の胸の中で泣いてくれればと思い、細い両腕を兄の頭へと伸ばしたが、何故かその両手は匠海に掴まれた。

「愛してるんだ。俺はお前だけを、ずっと愛してるんだっ」

 彫りの深い兄の端正な顔がぐしゃりと歪み、切れ長の瞳が充血して今にも涙が零れ落ちそうになりながらも、必死に自分の瞳を覗き込んでくる。

 愛してる?

 お前だけを、ずっと愛してる?

 何で?

 何でそんな事を言うの?



 何で、今になって、そんな事を言うの――?



「やめて、それだけはやめて?」

 ヴィヴィの微笑みを湛えた顔が苦しそうに歪み始める。

 ふるふると小刻みに振られていた頭が、どんどん激しいものになっていく。

「おい、どうした……?」

 匠海は妹の両手を握り締めながらそう囁いてくるが、もうヴィヴィには兄の声が届いてなどいなかった。

「どうしてそんな酷い嘘、つくの?

 心にも無いこと、平気で言えちゃうの?

 そんなにヴィヴィが嫌い?

 そんなにヴィヴィが憎い?」

 「可愛い」と煽てて調子に乗らせ、

 「好き」と囁いて戸惑わせ、

 「愛してる」とうそぶいて混乱させ、

 一体その先に、兄は自分に何を望んでいる――?

「……ヴィクトリア……?」

「じゃあ、ヴィヴィ、どうすればいい……? これ以上、どうすればいいの――っ!?」

 兄に両手を掴まれたまま、ヴィヴィは激高して吠えた。

 自分という人間の大部分を占める、大事なスケートを捨てたのに。

 同じ大学に行こう――双子の兄と交わした大切な約束でさえ、反古にしたのに。

 外交官という憧れの将来すら、諦めたのに。

 そうしてまで兄の傍に人形としていようと決心したのに。

 兄はそれを望んではいないという。

 じゃあ、何を望んでいるのか――?

 自分にはもう何も無いのに。

 兄にあげられるものは、もう何も残っていないのに。 

「ヴィクトリア……待て……どうした……?」

 そう確認してくる匠海の声が鼓膜を震わせ、ヴィヴィはふっと息を吐くように言葉を紡いだ。

「そっか、死ねばいい?」

「え……?」

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