この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第93章
「お兄ちゃん?」
最愛の匠海が泣き出しそう。
ヴィヴィはそれが悲しくて、まるで自分の事の様に切なくて。
せめて自分の胸の中で泣いてくれればと思い、細い両腕を兄の頭へと伸ばしたが、何故かその両手は匠海に掴まれた。
「愛してるんだ。俺はお前だけを、ずっと愛してるんだっ」
彫りの深い兄の端正な顔がぐしゃりと歪み、切れ長の瞳が充血して今にも涙が零れ落ちそうになりながらも、必死に自分の瞳を覗き込んでくる。
愛してる?
お前だけを、ずっと愛してる?
何で?
何でそんな事を言うの?
何で、今になって、そんな事を言うの――?
「やめて、それだけはやめて?」
ヴィヴィの微笑みを湛えた顔が苦しそうに歪み始める。
ふるふると小刻みに振られていた頭が、どんどん激しいものになっていく。
「おい、どうした……?」
匠海は妹の両手を握り締めながらそう囁いてくるが、もうヴィヴィには兄の声が届いてなどいなかった。
「どうしてそんな酷い嘘、つくの?
心にも無いこと、平気で言えちゃうの?
そんなにヴィヴィが嫌い?
そんなにヴィヴィが憎い?」
「可愛い」と煽てて調子に乗らせ、
「好き」と囁いて戸惑わせ、
「愛してる」とうそぶいて混乱させ、
一体その先に、兄は自分に何を望んでいる――?
「……ヴィクトリア……?」
「じゃあ、ヴィヴィ、どうすればいい……? これ以上、どうすればいいの――っ!?」
兄に両手を掴まれたまま、ヴィヴィは激高して吠えた。
自分という人間の大部分を占める、大事なスケートを捨てたのに。
同じ大学に行こう――双子の兄と交わした大切な約束でさえ、反古にしたのに。
外交官という憧れの将来すら、諦めたのに。
そうしてまで兄の傍に人形としていようと決心したのに。
兄はそれを望んではいないという。
じゃあ、何を望んでいるのか――?
自分にはもう何も無いのに。
兄にあげられるものは、もう何も残っていないのに。
「ヴィクトリア……待て……どうした……?」
そう確認してくる匠海の声が鼓膜を震わせ、ヴィヴィはふっと息を吐くように言葉を紡いだ。
「そっか、死ねばいい?」
「え……?」