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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第94章
渋谷区松濤へと戻るBMWの中。
助手席に座るヴィヴィの、その虚ろな瞳に映り込むのは、眩いほどの都会の喧騒。
1時間半程の移動時間、ヴィヴィは一言も発さず、一度も匠海を見なかった。
正直、襲い来る途轍もない疲労感に、殆どの時間を寝て過ごしていた。
「休憩しなくて、大丈夫か?」
「寒くないか?」
「咽喉、乾かないか?」
兄から掛けられたそれらの言葉は、ヴィヴィの頭にも心にも入って来なかった。
ただただ、泥の様に眠りたい。
貝の様に硬くて頑丈な殻の中に閉じ籠り、もう誰にも会いたくない。
ヴィヴィの心を支配している思いはそれだけだった。
「家、着いたよ……」
篠宮邸の車寄せに兄の車が滑り込み、停車した事にすら、ヴィヴィは気付けなくて。
兄のその言葉にも反応せずにずっとそこに座っていたヴィヴィだったが、さすがに外からドアを開けられてやっと、屋敷に帰り着いたのだと気付いた。
「お帰りなさいませ。お嬢様。匠海様」
そう声を掛けてきたのは朝比奈だった。
ヴィヴィは挨拶もせず、荷物も持たず、真っ直ぐに屋敷の中へと入って行く。
玄関ホールの柱時計がボーンボーンと鈍い音で9つの時を刻む中、石造りの階段を昇り始めたヴィヴィを呼び止めた人物がいた。
「ヴィヴィ、今、帰ったの……? 僕、今から勉強するけど、一緒にする……?」
1階の廊下から現れたクリスのその声に、ヴィヴィは背を向けたまま口を開いた。
「しない……」
そのヴィヴィの返事は、叫び過ぎて掠れていた。
そんな妹にクリスから掛けられたのは、柔らかく労わる様な声で――。
「そっか、疲れてるよね……。早く休んで、明日は――」
「東大受験、辞めるから。ヴィヴィ、もう、勉強しない」
双子の兄の言葉を遮って被せられたのは、きっぱりとした拒絶の言葉だった。
「…………え?」
「……おやすみ、なさい……」
小さな声で辛うじて就寝挨拶をしたヴィヴィは、ショートパンツから伸びた細い脚をだるそうに動かし、階段を昇って行く。