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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第94章
「……ヴィヴィ? 何か、あったの……?」
心配そうにクリスが囁いたその時、リビングの扉を開く音と共に掛けられたのは、母ジュリアンの陽気な声。
「あら、戻ったのね、このサボり魔さ~ん? まっ いいわ。もうすぐNHK杯だし、中国杯の2連戦で、休む暇なんて――」
「ヴィヴィ、スケート、辞めるから」
双子の間に流れる微妙な空気に気付かぬ、いつも通りの母の声を、ヴィヴィはそう言って遮った。
「…………っ はあぁ~~っ!?」
絶句の後、ジュリアンから浴びせ掛けられたのは、語尾上がりの不満の声。
そんな母に背を向けたままのヴィヴィの声は、まるで棒読みで。
「もう、興味無い。勉強も、スケートも」
そう言って階段を上がっていくヴィヴィの背中に、ジュリアンの厳しい声が投げつけられる。
「ちょっと待ちなさいっ ヴィヴィっ! あんた、もう19日後にはNHK杯なのよっ!? そんな我が儘、通用する訳無いでしょうっ!!」
そのジュリアンの正論に、ヴィヴィはばっと振り向いた。
「―――っ 五月蠅いなっ! ヴィヴィはヴィヴィなのっ もう、誰の指図も支配も受けないのっ 自分のやりたいようにやるんだから、ほっといてっ!!」
そう絶叫して階段の上から母と双子の兄を睨み下ろすヴィヴィを、2人は呆気に取られたように見上げていた。
そして、大きな玄関扉の戸口に匠海が佇んでいたことに気付いたヴィヴィは、さっと踵を返し階段を駆け上がって逃げた。
しんと静まり返った玄関ホールに立ち尽くす3人だったが、朝比奈が玄関の扉を閉める静かな音で、皆が我に返ったように口を開く。
「な、なにが、どうなってるの……?」
「……うん……」
突然ぶち切れた娘に放心状態の母と、思い詰めた表情で妹が消えた階段を見上げ続ける弟。
そしてその2人を見つめていた匠海は、静かに口を開いた。
「悪い……。全て、俺のせいなんだ……」
「え? 匠海の……?」
息子のその思い掛けない告白に、ジュリアンがきょとんとした表情で振り返る。
「うん。本当にすまない……。明日、ヴィヴィが落ち着いた頃、説得してみるから」
今夜散々、取り乱したヴィヴィに一連の真実を説明しようと試みた匠海だったが、妹は完全に聞く耳を持っていなかった。