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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第94章            

 ブオ~という音に掻き消された兄の声にほっとしたのも束の間、その小さな顔には心底悔しそうな表情が浮かび上がる。

 洗面台の鏡に写りこんだ自分の顔は、酷いものだった。

 散々泣いて腫れた目蓋、充血した瞳、赤くなった鼻の先。

 如何にも「泣きました!」と物語っている自分のこの顔を、兄に見られたと思うだけで虫唾が走った。

 兄に「俺の事であんなに泣いたのか」と思われる事すら苦痛だった。

 そして、自分の首元に光る金色のネックレス。

 愕然としたヴィヴィは手早くそれを外すと、洗面台の引き出しを開けてその中に放り込んだ。

 気付かれただろうか。

 まだ俺の贈った物を身に着けてくれている――そう思わせてしまっただろうか。

「……~~っ」

 ヴィヴィはぎりっと音を立てて歯を食いしばる。

 顔も見たくない。

 声も聴きたくない。

 同じ空間にすらいたくない。

 その存在すら、頭の中から消し去りたい。

 今のヴィヴィは、もう兄の全てが受け入れられなかった。

 その後、髪を乾かし終わったヴィヴィだが、リビングに出る事すら怖くて、水分を取りながらずっとそこに籠城していた。

 8時前になり、バスルームの扉をノックする人物が現れた。

 びくりと華奢な肩を震わせたヴィヴィが、扉の方を恐々と睨み付ける。

「お嬢様。いらっしゃいますか?」

 そう気遣わしげに掛けられたのは、朝比奈の優しい声で。

 ほっとしたヴィヴィはゆっくりと扉に近づき開いた。

「朝比奈……」

「……どうされました? そんな怯えた表情をなさって」

 朝比奈のその指摘に、ヴィヴィは俯くとぼそりと呟いた。

「……何でもない」

「そうですか……。旦那様が出社前に、お嬢様とお話しをなされたいそうですが」

「ダッド……?」

 ヴィヴィはちらりと上目使いで朝比奈を見上げる。

 幼少の頃から、悪い事をして叱られた後、いつもそうやって相手の顔色を伺う主のその癖に、朝比奈はほっとしたように頬を緩めた。

「ええ。グレコリー様ですよ」

 ヴィヴィは困った顔をしながら逡巡する。

 面会相手が母ジュリアンだったら、嫌だ。

 絶対にコーチモードで、頭ごなしに怒られる。

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