この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第94章
ブオ~という音に掻き消された兄の声にほっとしたのも束の間、その小さな顔には心底悔しそうな表情が浮かび上がる。
洗面台の鏡に写りこんだ自分の顔は、酷いものだった。
散々泣いて腫れた目蓋、充血した瞳、赤くなった鼻の先。
如何にも「泣きました!」と物語っている自分のこの顔を、兄に見られたと思うだけで虫唾が走った。
兄に「俺の事であんなに泣いたのか」と思われる事すら苦痛だった。
そして、自分の首元に光る金色のネックレス。
愕然としたヴィヴィは手早くそれを外すと、洗面台の引き出しを開けてその中に放り込んだ。
気付かれただろうか。
まだ俺の贈った物を身に着けてくれている――そう思わせてしまっただろうか。
「……~~っ」
ヴィヴィはぎりっと音を立てて歯を食いしばる。
顔も見たくない。
声も聴きたくない。
同じ空間にすらいたくない。
その存在すら、頭の中から消し去りたい。
今のヴィヴィは、もう兄の全てが受け入れられなかった。
その後、髪を乾かし終わったヴィヴィだが、リビングに出る事すら怖くて、水分を取りながらずっとそこに籠城していた。
8時前になり、バスルームの扉をノックする人物が現れた。
びくりと華奢な肩を震わせたヴィヴィが、扉の方を恐々と睨み付ける。
「お嬢様。いらっしゃいますか?」
そう気遣わしげに掛けられたのは、朝比奈の優しい声で。
ほっとしたヴィヴィはゆっくりと扉に近づき開いた。
「朝比奈……」
「……どうされました? そんな怯えた表情をなさって」
朝比奈のその指摘に、ヴィヴィは俯くとぼそりと呟いた。
「……何でもない」
「そうですか……。旦那様が出社前に、お嬢様とお話しをなされたいそうですが」
「ダッド……?」
ヴィヴィはちらりと上目使いで朝比奈を見上げる。
幼少の頃から、悪い事をして叱られた後、いつもそうやって相手の顔色を伺う主のその癖に、朝比奈はほっとしたように頬を緩めた。
「ええ。グレコリー様ですよ」
ヴィヴィは困った顔をしながら逡巡する。
面会相手が母ジュリアンだったら、嫌だ。
絶対にコーチモードで、頭ごなしに怒られる。