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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第94章
「そう言われると思いました。さあ、行きましょう」
すっと差し伸べられた、白手袋に包まれた朝比奈の手を取り立ち上がったヴィヴィは、不思議そうに執事の顔を覗き込む。
「……行くって、どこへ?」
「厨房へ――です」
「ひゃ~~っ いい匂いっ!」
ヴィヴィは厨房で明るい声を上げていた。
ステンレスの空間に広がる、鰹と昆布の出汁の香り。
甘めに炊いたお揚げの香り。
そして目の前では料理長が、寝かせて置いたうどんの生地を切っている。
ヴィヴィも少し手伝わせて貰ったが、あまりにも太さがばらばらで、早々に諦めた。
麺を湯がき、お椀に盛られて出された暖かいきつねうどんに、ヴィヴィは瞳を輝かせた。
「よろしければ、すだち、絞ってみてください」
「うわぁっ 爽やか~っ」
料理長に勧められるまますだちを絞ったヴィヴィは、そこに立ち上る柑橘の香りに心がすっと軽くなった。
「いただきますっ」
両手を合わせたヴィヴィは早速うどんに箸を付け、「美味しい」を連発しながら、あっという間に食べ終えた。
「お嬢様は本当に美味しそうな顔をして食べて下さるから、作り甲斐があります」
顎鬚を蓄えた料理長はそう言いながら、デザートに梨を剥いて出してくれた。
「そうかな?」
「ええ。今度は何を作って、そのお顔を拝見しようかと、やる気が出ますよ」
「あはは。ありがとう。料理長の作るものはいつも何か隠し味が効いてて、食べるの楽しいし、何でも美味しいよ」
ヴィヴィは梨を食べながらそうお礼を言うと、昨日からずっと虚ろだったその小さな顔に、初めてにっこりと心からの微笑みを浮かべた。
その主の微笑みを見た朝比奈は、ほっと胸を撫で下ろしながらも、ちらりと思う。
(やっぱりお嬢様は、色気より食い気……ですね……)