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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第94章            

 壁の時計を見上げると16時前。

 ちょうどダンスの練習が終わった頃の時間だった。

(サボんなきゃ良かった……。でも、今日のヴィヴィ、笑えなかったから……。明日、絶対に学校行こう。笑えなくても、ダンスもみんなとの勉強も出来るもん)

 ヴィヴィはメールの返信をすると、はぁと溜め息を付き、スマホを置いた。

 くたりとその細い背を背凭れに預けた時、傍に控えていた朝比奈が音も無く近づき、小さな衣擦れの音と共にヴィヴィの斜め前に片膝を着いた。

「……え……?」

 黒いスーツのお仕着せを纏った執事のその常ならぬ振る舞いに、ヴィヴィは驚いて見つめる。

 自分と同じくらいの目線になった朝比奈が、静かに口を開いた。

「お嬢様、これだけは確認させて頂きます」

「な……、何……?」

 ヴィヴィがどもったのは、その視線があまりにも真っ直ぐで、揺るぎ無くて、強い意志が籠められていたから。

 そして薄い胸に途端に芽生えたのは、落ち着きの無い焦燥感。



『お嬢様の首にあのような痕を付けたのは、匠海様、ですね?』



 自分の執事は、今誰よりも “兄妹の歪な関係” に気付いている人間――。

「昨日、匠海様に暴力や乱暴を働かれてはおられませんか? もしくは心無い言葉で傷つけられたりは、されておられませんか?」

「………………」

 朝比奈のその確認に、ヴィヴィは言葉を失った。

 暴力、乱暴、傷つける言葉。

 ヴィヴィはその内の何一つもされてはいない。

 けれど、匠海に与えられた愛の言葉で、ヴィヴィは完全に自分を見失った。

 目の前で自分を何とも言えない表情で見返してくる主に、朝比奈は更に続ける。

「お嬢様、如何ですか? そのお返事次第では、私はご主人様に一連の事情をご報告させて頂きます」

「………………」

 執事のその催促にも、ヴィヴィは薄い唇を引き結んで口を噤む。

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