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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第95章
「ごめんなさい……、ごめん、なさい……っ」
ヴィヴィは何もないキャビネットの中に向かって、謝罪の言葉を繰り返す。
もう絶対に捨てたりなんてしないから。
二度とスケートを辞めるなんて言わないから。
だから、本当に本当にごめんなさい。
馬鹿で独り善がりな自分を許して――。
ガラスに突いた指先が、その熱気で白く曇る。
そこに縋り付きながら何度も何度も謝り泣き続けていたヴィヴィは、その肩を掴まれるまで気付かなかった。
自分の部屋に、第三者が居たことに。
バスローブの両肩を優しく後ろから掴んできたのは、朝比奈だった。
「お嬢様……? 何をそんなに、泣かれておいでなのです?」
心底驚いた表情で自分を見下ろしてくる朝比奈の顔が、更に溢れ出した涙に掻き消される。
「……っ ヴィ、ヴィっ と、とんでもない事をっ なんで……、なんで、捨てたりなんてっ」
そう自分を責め続けて要領を得ない主の言葉に、朝比奈は不思議そうに眉を潜めたが、
「捨てる……? ああ、これの事ですか?」
そう言って朝比奈が視線を向けた先には、ワゴンに乗せられたトロフィーやメダルを収めた箱が山の様にあった。
「……え……? あ、朝比奈……?」
(す、捨てたんじゃ、なかったの……?)
いつも双子に従順な朝比奈のこと、てっきり命令通り処分してしまったと思っていたヴィヴィは、呆けた様にそれらと朝比奈の顔を見比べる。
そんなヴィヴィの頬に添えられたのは、白手袋に包まれた大きな掌。
「捨てられる訳、無いでしょう」
そう囁いた朝比奈の声音は、本当に愛おしそうなそれで。
「これら一つひとつに、お嬢様がどれだけの日々、こつこつ努力されてきたか、上手くいかずに陰でお独りで泣いておられたか……。私はその全てを覚えているのですよ?」
「捨てられる筈、無いでしょう……」再度そうしんみりと続けた朝比奈に、ヴィヴィはそのスーツの胸に飛び込んで号泣した。
「ふぇえええんっ ごめんなさいっ ごめんなさい……っ!!」
「大丈夫ですよ。誰にだって挫折やスランプなんてものは沢山あるのです。大好きなものなのに、大切なものなのに、一度それから目を逸らさないと、再度真剣に向き合えない……。そういう事は、誰にでもあることですよ」