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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第95章
リビングの隅から白皮のソファーまで移動したヴィヴィは、そこに深く腰掛けるとその膝の上にバスローブから伸びた両手を置いた。
そしてそこで初めて自分の身体が震えていた事に気付いたヴィヴィは、両手をぐっと握り締めた。
すぐ隣の部屋に、兄がいる。
物心付いた頃からずっと、その姿だけを追い続けてきた筈の兄が、
自分の報われない恋心に気付いてからは、常に愛を乞い続けてきた筈の兄が、
誰よりも大切で、大好きで、愛していて、尊敬していた筈の兄が、
壁一枚隔てたすぐ隣の部屋にいるのに。
その現実がヴィヴィにもたらす感情は、不のものしかもう無い。
兄の事が、怖い。
解らない。
いや、解りたくもない。
そう思い詰めていたヴィヴィの目の前のテーブルに、ティーセットが用意された。
ヴィヴィは朝比奈に礼を言うと、2種のハーブを透明なポットに入れ、熱湯を注ぎこむ。
透明な湯の中を踊る緑色の茶葉。
いつもなら癒されるその光景も、今のヴィヴィの心を晴らす効果は無かった。
ハーブエキスが抽出されるまでの時間、ヴィヴィはぼうとポットを眺めていた。
スケートを続けたい。
それは今日、心底思った。
受験や今までの生活、そしてスケート。
全ての物と天秤に架けても、やはりスケートは自分にとって一番掛け替えのない、大切なもの。
けれど、もう兄とは同じ屋根の下に住みたくはない。
というか、もう無理だ。
もう一緒になんて住めない。
本来休息や安らぎを与えてくれる筈のこの屋敷は、ヴィヴィにとってはもう拷問の場所でしかない。
あんなに自分の躰に溺れていた兄が、いつ手を出してくるかなんて、もう時間の問題だろう。
もしかして、先程の妹の返事に腹を立てた匠海が、今夜ヴィヴィの寝室に忍んで来るかも知れないのに。
「……――っ」
そこまで思い至ったヴィヴィは、咄嗟に唇を歯で噛み締めた。
嫌だ。
もう本当に指一本、自分の躰に触れてなど欲しくない。
自分の姿をその瞳に収めることも、この声が兄の鼓膜を震わすことも、今の自分にとっては苦痛なのだ。
そして勿論、その反対も。
ヴィヴィの心も躰も、これ以上無いほど、兄の匠海の存在を拒否していた。