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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第95章       

 コンコン。

 寝ていたら起きないであろうが、起きていたら確実に気付くだろうという、絶妙な音の加減。

 ヴィヴィは一瞬、クリスかとも思ったが、

「ヴィクトリア……」

 そう呼び掛けられた一言で、違うと察知する。

 聞き間違える筈などない。

 確実に、兄の匠海――本人の声。

「………………っ」

 ナイトウェアに包まれた華奢な身体が、びくりと震える。

(何、しに、来たの……?

 っていうか、勝手にヴィヴィのリビングに、入らないでっ)

 ヴィヴィは憤りと恐怖から、声を発する事が出来なかった。

「ヴィクトリア……。起きてるんだろう……?」

 匠海のその指摘に、ヴィヴィはぎくりと身体を強張らせる。

 薄い胸の奥が、大きく一つ戦慄いた。

 自分が起きている事を、眠れない事を、兄は簡単に見抜いているのだ。

 それはそうだろう。

 匠海は今まで、ヴィヴィを育ててきたと言っても過言でも無い程、ずっと傍で保護者として妹を支え、慈しんできたのだから。

「ヴィクトリア……。頼む。話をさせて欲しい……」

 そう懇願する兄の声は、弱々しかった。

 けれど余計にその事が、ヴィヴィにはムカついた。

 もしかしたら、母は兄に「ヴィヴィが中京へ転校したがってる程、怒っている」と伝えたのかもしれない。

 だから匠海は、責任を感じてか、若しくは、自分から逃げ様とする妹に腹を立ててか、ここに来たのだろう。

 『俺のもの』のくせに、勝手に傍から居なくなろうとするとは、何事だ――と。

「……――っ」

 ヴィヴィは無言を貫く事に決めた。

 兄は賢い。

 聡い。

 何よりも、話術に長けている。

 馬鹿でガキの自分が、兄に言葉で太刀打ちしようなんて思うことすら無謀――という事実は、これまで培ってきた経験則で、嫌というほど学んでいる。

「俺は、いつまでも待つよ……。ヴィクトリアの気持ちが整うまで……。けれど――」

 そこで言葉を区切った兄に、ヴィヴィは恐るおそるその扉の方へと視線を向ける。

「頼むから、離れないで欲しい……。無視してもいいから、ここに居て欲しい……」

 兄のその言葉に、ヴィヴィは眉を顰めた。

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