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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第95章       

 何でそんな事を懇願されなければならないのだ。

 匠海は自分を心底憎んでいる筈なのに。

 今すぐ自殺して欲しいと思っているくせに。

 ヴィヴィはそこまで思い、やはりそうかと納得する。

(ヴィヴィが自殺する時、なるべく傍に居たいんだ……)

 自分を貶めた妹が、自らの手でその人生の幕を下ろす。

 人間として一番犯してはならない、自殺という大罪に手を染める馬鹿な妹の末路を、兄は一番近くで、出来れば第一発見者として、若しくは自分の目の前で、ヴィヴィにその生涯を閉じて欲しいと願っているから――。

 ヴィヴィは薄い羽毛布団を、両手でぎゅっと握り締める。

 そこまで兄に嫌われていたとは。

 ここまで兄に憎まれていたとは。

 分かってはいたが、さすがに気持ちが落ちる。

 徐々に沈んでいく長い睫毛の先が、次に続いた兄の言葉に震えた。

「愛しているんだ、ヴィクトリア……」

「……――っ!?」

 その睫毛の奥――灰色の瞳に浮かぶのは、恐怖よりも哀しみよりも、怒りが勝った。

(五月蠅いっ 嘘吐きっ! 人でなしっ!! そんな戯言を言って、まだヴィヴィを騙せると思ってるの? 馬鹿にしないで――っ!!!)

 ヴィヴィは羽毛布団を頭から被ると、その中で誓う。

 死んでなんかやらない。

 自殺なんかしてやらない。

 兄の前で苦しんで知る姿など、絶対に見せてやらない。

 自分が弱っている姿を見せてしまうと、兄は哀しそうな表情を浮かべた端正な仮面の後ろで、嬉しそうにほくそ笑んで居るのが、ヴィヴィには手に取るように解るから。








 翌日も、その翌日も、匠海はヴィヴィが寝室に下がったのを見計らって、声を掛けてきた。

 兄も分かっているのだ。

 面と向かって妹と対峙しても、余計に脅えさせ怒りを増幅させるだけだと。

 そしてヴィヴィは、一向に兄の言葉に答えなかったし、無視を決め込んだ。

 いつまで続くのだろう。

 この拷問のような日々は。

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