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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第95章
兄は葉山に行った翌々日から、毎夜こうしてヴィヴィの寝室に馳せ参じていた。
「………………」
天岩戸(あまのいわと)ごっこでも、しているつもりなのだろうか。
兄のしつこさに、正直ヴィヴィは辟易していた。
寝たふりを決め込んでいるのに、起きているのなんてもろバレだぞ? と言わんばかりに話し掛けられ。
無視しているのに勝手に1人で話を進められ。
挙句の果てには、毎回「愛しているよ」と優しい声でうそぶいて帰って行くのだ。
(明日から、耳栓、しようかな……)
ヴィヴィは本気か冗談か、そんな事を考えながら、羽毛布団にくるまろうとした、その時――。
窓の外から聞こえた微かな車の走行音に、ヴィヴィははっと顔を上げた。
咄嗟にベッドから飛び降り、向かったのは勿論、カーテンの引かれた窓際で。
「……――っ」
遮光カーテンの隙間から外の様子を覗いたヴィヴィは、その目に飛び込んできた光景に眉根を寄せ、悔しそうに飛び出したベッドの中に潜り込んだ。
そして頭の先まで羽毛布団のを被り、その真っ暗な中で憤慨した。
(やっぱり、嘘なんじゃない……っ
ヴィヴィだけを愛しているなんて、嘘なんじゃないっ!
こうやって、他の女の所に簡単に行っちゃうくせにっ!!
ヴィヴィに愛を囁いたその舌の根も乾かないうちに、
余所の女を口説いて一夜を共にするくせに――っ!!!)
怒りと悔しさと情けなさと、そして底知れぬ哀しさと――。
色々な感情がごちゃ混ぜになって、薄い胸の内で、小さな頭の中で、吹き荒れて、渦巻いて、もう何が何だか自分でも解らなかった。
そして瞳から零れ落ちるその涙にも、ヴィヴィは途方に暮れた。
この涙は、何なのだろう。
この感情は、何なのだろう。
この胸の張り裂けそうな苦しさは、何なのだろう。
どうして、兄は、自分にむごい仕打ちをするのだろう。
そして、自分は、これからどうしたいのだろう。
その全てが解らず、ただただ苦しくて、やるせなくて、ヴィヴィは暗い羽毛布団の陰で、いつまでも声を殺して泣いていた。
そしてその目蓋の裏には、黒いBMWが遠ざかって行くその映像が、いつまでもチラついて消えなかった。