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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第96章            

 10月3日(土)。

 早朝、目蓋を腫らしたヴィヴィを認めたクリスは、リンクへと向かうその車中、妹の頭をその胸に抱き寄せた。

 何も言わず、ただずっとその暖かい腕の中に隠してくれたクリスのその優しさに、ヴィヴィは更に泣きそうになった。

 けれど双子を乗せた車は、すぐにリンクへと着いてしまって。

 抱擁を解こうとしたクリスに、ヴィヴィは微かに囁いた。

「今日、クリスの部屋で、寝てもいい……?」

 その妹の問いに、クリスはそのおでこに唇を寄せ、優しく囁いた。

「……もちろん、いいよ……」






 ミーティングルームの一室で、ヴィヴィは柿田トレーナーと自分の動画を見ていた。

 NHK杯まで2週間を切ったこの日、双子は本番を想定したリハーサルをしていた。

 試合会場の傍の滞在先ホテルで当日行う――食事を採り、メンタルを整え、衣装に着替え、メイクもヘアセットも行い、そして本番――という一連の流れを想定して、最終的にプログラムを滑る。

 画面の中の自分はとても幸せそうに微笑み、嬉しそうに滑っている。

 SPの3つのジャンプも完璧に決め、ステップもスピンもレベル4を取り零さない精度の高いもの。

 そう――この動画は柿田トレーナーが、いいところを繋ぎ合わせて作ってくれた、自分のテンションを上げるための物だから。

 それを見終えたヴィヴィは、薄紫色の衣装に袖を通し、それに合うよう指導を受けたメイク方法とヘアアレンジを自分で行う。

 そして、最後に瞑想する。

 自分の喜びを思い起こす。

 SPの『喜びの島』を滑る為に。

 今のヴィヴィの喜びは、まさにスケートを続けられるということ。

 もう2度と氷の上に乗る事も無いと思っていた。

 けれど、クリスのお陰で取り戻したその世界は、やはりヴィヴィに取って掛け替えの無いものだった。

 最初のジャンプが決まった時の、あの爽快感。

 途端に勢い付く単純な自分は、その後の動きも表情も、まるで違うと皆が口を揃えて言う。
 
 音楽に乗せて踏むステップは、難度の高いものばかりだが、どこまでも美しく優雅に。

 そして滑り終えた後の達成感。

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