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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第96章
ヴィヴィの推した “愛よ か弱い私に力をかして” は、怪力サムソンを誑かす美女のデリラが、自身に対して復讐を鼓舞する歌詞が特徴的。
愛よ! 私の弱さを 助けておくれ
彼の胸の中に 毒を注いでおくれ
見せておくれ 私の手管に堕とされて
サムソンが 明日 鎖でつながれる姿を!
この歌詞が気に入ったヴィヴィは、このアリアのほうが、悪女のデリラ“らしい”と思ったのだ。
一方、今ヴァイオリンで弾いた “あなたの声に私の心は開く” はヴィヴィからしたらその歌詞が、あまり悪女らしくなく感じた。
(まあ、サムソン本人に対して、誘惑するために唄っている歌だから、「私の愛に応えて」という歌詞も、おかしくはないんだけど……)
灰色の瞳が戯曲集のフランス語の歌詞を追い、やがて逸らされる。
「……やっぱり、こっちにしなくて、良かった……」
ヴィヴィはぼそりと呟く。
こっち。
つまり、 “あなたの声に私の心は開く” にしなくて良かった。
なんだかこのアリアは、今の自分と匠海の関係性に、似通っている。
そんな気が、するから――。
ぼんやりとした思考の隅で、そう思い至ったヴィヴィは、はっと顔を上げる。
(ヴィヴィ、何……考えて……っ)
「……――っ」
ヴィヴィは、ふるふると金色の頭を振って、直前の自分の考えを頭の中から追い出す。
似通ってなんかない。
似通ってなんか、いる筈がない。
だって、自分は兄に、自分の愛に応えて欲しいなど、もう思ってはいないし。
兄の 声も、言葉も、誓いも、望んではいない。
そう、昔の自分ならいざ知らず、
恋という名の “まやかしの呪縛” から醒め、
愛していた兄から、むごい仕打ちを受けた、
そんな “今の自分” は決してそんなもの、兄に求めてなんていない――!
ヴィヴィは苦しそうに顔を歪めると、ヴァイオリンを手早く磨き、譜面を片付けて防音室を出た。
少し鬱々とした気分で3階へと戻ったヴィヴィを、お風呂上りらしいクリスが待っていた。
「あれ、珍しいね。どうしたの~?」
妹の私室のソファーで本を読んでいたクリスに、ヴィヴィは笑顔で話し掛ける。