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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第20章
ロマンティックバレエの不朽の名作――ジゼル。
確かに物語前半の恋する幸せなジゼルを演じれば、コーチ達が自分に求める「笑顔で優雅なヴィヴィ」が見せられるだろう。
「ええ……。昨シーズンのヴィヴィを見てきて、今のヴィヴィには一番しっくりくると思ったの――」
ジャンナはそこで言葉を区切ると、真正面からヴィヴィを見据えて口を開く。
「『自分の幸せよりも、愛する人の幸せを考えて身を引くジゼル』が、『これからのヴィヴィ』には合うのじゃないかって――」
「………………っ」
ヴィヴィはジャンナの言葉に息を呑んで、彼女をその灰色の瞳で凝視した。
村娘のジゼルは青年貴族アルブレヒトの身分も知らず、無邪気に恋に落ちていた。
しかしある日、アルブレヒトに婚約者がいることを知らされ発狂したジゼルは、元々心臓が弱かったこともありショックで命を落としてしまう。
森の中で処女の精霊・ウィリとなってしまったジゼルは、森でアルブレヒトがウィリたちに死ぬまで踊らされている場面に出くわす。
アルブレヒトは精霊ウィリたちに捕らえられ踊らされ、休むことを許されず力尽き命乞いをする。
それを見ていたジゼルは精霊ウィルの女王――ミルタにアルブレヒトの命乞いをする。
やがて朝の鐘が鳴り朝日が射しはじめ、アルブレヒトの命は助かり、ジゼルは朝の光を浴びアルブレヒトに別れをつげて消えていく。
つまりジゼルは愛する人を最後には守り、身を引いた少女――だ。
けれどヴィヴィが選んだのは、ジゼルとは対極にいるサロメ――自分を受け入れない男を力ずくで手に入れた少女。
(何故か、分からない……私はサロメに強く惹かれた――)
まるで、自分の行く末を暗示したかのように――。
「………………」
ヴィヴィの長い睫毛に縁どられた瞳がピクリと細動する。
(私……もしかしたら欲深くなっている――?)
前は兄に自分を『見て』ほしい……ただそれだけが望みだった――なのに、いつのまにか『オリンピックで金メダルを取れたら自分の気持ちを伝える』と気持ちが変化してきていた。
(抑えきれなく、なってきている……心の奥底の――自分でもその存在を知らなかった自我の強い幼い自分が「お兄ちゃんが欲しいの――!」と喚き始めている……)