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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第96章            

「………………っ」

 まさか匠海本人が立っているとは思っていなかったヴィヴィは、ばちりと合ってしまった互いの視線に驚き、咄嗟に顔を背けた。

「匠海様。何か――」

 そう要件を尋ねる朝比奈を、匠海は掌をかざして制すと、ゆっくりとリビングの中へと入ってきた。

 こつこつと響く兄の靴音で、匠海から顔を背けているヴィヴィにも、2人の距離が縮まっている事が容易に計り知れた。

 白皮のソファーに座ったまま微動だにしないヴィヴィの、その2メートルほど先で足を止めた匠海は、静かに口を開いた。

「ヴィクトリア、頼みがある……」

 その兄の言葉は、ドイツ語にて語られていた。

 朝比奈は日・英・仏の言葉を操れるが、ドイツ語は分からないから。

「………………」

 口を噤んだまま身動き一つしないヴィヴィと、その妹の返事を待っている匠海との間に、重苦しい沈黙が下りていた。

 そしてそれを遮ったのは、控えていた朝比奈だった。

「私は席を外しますので」

 そう断ってリビングを出て行こうとする執事を、ヴィヴィは咄嗟に振り返った。

 心細くて。

 ヴィヴィのその反応を目の前で見ていた匠海は、朝比奈に英語で伝える。

「いいよ。一緒に居てくれて」

 匠海の指示に、静かに壁際に控えた朝比奈から、兄は妹へと視線を戻す。

「ヴィクトリア……」

「…………な、に……」

 恐々と唇を開いたヴィヴィに、匠海はまたドイツ語で続けてくる。

「お前が良いと言うまで、絶対に触れない。その代わりに、俺の為に毎日10分くれないか?」

「………………?」

 ヴィヴィは逸らしたままの視線を彷徨わせながら、兄の言葉の意味を頭の中で必死に解きほどいていた。

(え……? お兄ちゃんの為に、毎日10分……? な、なんで……?)

 その妹の疑問が分かったのか、兄は更に続ける。

「毎日10分。ヴィクトリアと一緒に、2人だけで過ごしたい」

 2人だけで。

 その兄の言葉に、ヴィヴィの華奢な肩がびくりと震えた。

(なんで……? どうして2人きりじゃないと、駄目なの……?)

 ヴィヴィは恐るおそる首を巡らせると、すぐ傍に立つ匠海をゆっくりと見上げる。

 チャコールグレーのスーツを纏った匠海は、気のせいか、1週間前よりほっそりして見えた。 

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