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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第97章        

「皆と一緒なら、いいだろう?」

 妹のつれない返事に苦笑した匠海のその譲歩に、ヴィヴィは散々迷った挙句、小さく頷く。

「…………ん」

「で、お昼からは会議ばっかりで、20時に会社出て、その後は得意先の社長と会食してた」

「…………ふうん……」

(だからこんなに、帰りが遅かったんだ……。ふうん)

「ヴィクトリアは?」

 また同じ事を尋ねてくる匠海に、ヴィヴィは目の前の砂時計をじっと睨みつけた。

(早く、砂、落ちて……。早く、時間、経って……)

 睨みつけてももちろん、砂が落ちる速度が変わるなんて事はある筈がなくて。

 辛抱強く妹の返答を待っている兄に、ヴィヴィはぼそぼそと呟いた。

「……リンク行って、学校行って……、勉強して、リンク行って、今、ここ」

 そう、当たり前の事を。

「そう。学園祭……リバーダンスの準備は、順調?」

 兄の問いに、ヴィヴィはただこくりと頷く。

 今日、衣装合わせをして、皆が大喜びだった事。

 卒業まで半年を切って、寂しい事。

 衣装の花飾りのチョーカーを作るのに、四苦八苦している事。

 昔の兄に対してなら、話したい事、相談したい事がヴィヴィの中から溢れ出す。

 けれど何か引っ掛かって、見えない障壁にぶち当たって、それが咽喉から零れる事は無かった。

「痛そう……、指」

 兄の指摘に、ヴィヴィは絆創膏の巻かれた細い指をきゅっと握りこみ、掌の中に隠した。

 途端に丸みの残る白い頬が赤らむ。

 匠海はヴィヴィが裁縫も料理も、もちろん掃除といった家事全般が不得手ということを知っている。

 そしてきっと、兄はどれも上手くそつ無く熟せるのだ。

(むかつく……、男のくせに……っ)

 ヴィヴィは八つ当たり以外の何物でもない事を頭の中で思いながら、無意識に唇を尖らせていた。

 そのまま沈黙が続き、ヴィヴィの目の前の大きな砂時計は、黒い砂が完全に落ち切った。

 ヴィヴィが指先でガラスの砂時計をつんと突くと、匠海が「ああ」と気付く。

「……これ、……ここ……」

 ヴィヴィのその小さな呟きに、兄は頷く。

「ああ、置いておいていいよ。明日もここでいいか?」

 匠海の確認に頷くと、ヴィヴィは椅子を引いて立ち上がった。

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