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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第97章
静かに書斎から出て行こうとするヴィヴィの背に、匠海の声が追ってくる。
「おやすみ。ヴィクトリア、愛しているよ」
兄のその愛の言葉に、ヴィヴィは一瞬、ルームシューズに包まれた脚を止めたが、
「…………おやすみ、なさい」
そうぼそりと就寝の挨拶をして書斎を出た。
匠海の書斎から出てきたヴィヴィを認めた朝比奈が、兄妹の私室を隔てる扉を開けてくれる。
2人がヴィヴィの私室に入ってその扉が締められた途端、その部屋の主は「はぁ……」と深い溜め息を零した。
「お嬢様、お裁縫の続きをなさいますか?」
朝比奈のその問いに、ヴィヴィは小さく首を振る。
「今日は、もう、疲れちゃった……。明日また続きしたいから、教えてくれる?」
そう言って朝比奈を見上げれば、ふっと優しい微笑みが降ってきた。
「ええ、もちろんですよ。ハーブティーの準備を致しますね」
「……あ、ハーブは昨日と同じのにする……」
ソファーに座ったヴィヴィがそう呟けば、
「ジャーマン・カモミールですね?」
朝比奈のその確認に、ヴィヴィは頷く。
「うん。昨日、朝比奈が勧めてくれたブレンドにしてみる」
「畏まりました」
お茶の準備をしに一旦リビングを出て行った朝比奈を待つ間、ヴィヴィは双子のHPに書く内容を、スマホ片手に考え始めた。
牧野マネージャーの指令で、少なくとも3日に1回は更新するように言われている。
「ええと、今日のクリスは……っと」
ヴィヴィ′S DIARYなのに、始めた当初からクリスの観察日記と化しているそれ。
今日隠し撮りした双子の兄の写真も選びながら、ヴィヴィは短い文章を作成し、牧野宛にメールしておいた。
朝比奈が用意してくれたティーセットで、ヴィヴィはハーブティーを淹れる。
ジャーマン・カモミールにオレンジピールとシナモンを加えるだけで、淡泊だったその味に深みとスパイシーさが加わり途端に美味しくなった。
「美味しいっ 朝比奈 天才!」
そう言ってにっこり自分の執事を見上げたヴィヴィに、朝比奈も銀縁眼鏡の奥の瞳を細めた。
ヴィヴィはふっと息を吐くと、辺りに満ちたカモミールの香りを胸一杯に吸い込む。
実は不正な鼓動を刻み続けていた心臓が、やっと常のそれに戻った。