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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第97章
「じゃあ、俺の事、見て?」
「…………嫌」
ぼそっと兄の言葉を切り捨てたヴィヴィは、またデスクに頬杖を付いて砂時計を見つめる。
「髪、切ったんだけど」
「…………気付いてた」
兄の言葉に咄嗟にそう答えてしまったヴィヴィ。
そんなの書斎に入ってすぐに気付いていた。
ほんとうにちらっとしか、見ていないけれど。
「そうか。嬉しいな」
心底嬉しそうな声を発した匠海に、ヴィヴィはこっそりと肩を竦める。
「………………」
(口が、滑った……。ちぇっ)
負けた気がして口を噤んだヴィヴィに、匠海が続ける。
「ヴィクトリアは、ずっと前髪作ってるな? 周りはみんな、上げてるだろう?」
兄のその指摘通り、フィギュアをやる子の90%が、前髪を伸ばして結い、おでこを出している。
滑っている時に邪魔にならないし、ジャッジに対して表情をよく見せるという効果もある。
けれどヴィヴィは、ジュニアに上がった一時だけ、母に勧められて前髪を伸ばして上げていたが、すぐに辞めてしまった。
黙り込んだままのヴィヴィに、兄が「どうして?」と再度尋ねてくる。
「……落ち着くの……」
そうぼそりと呟いたヴィヴィに、匠海が不思議そうに聞き返す。
「落ち着く?」
「……前髪ある、と……、落ち着く……」
ヴィヴィは頬杖を付いたまま、再度そう呟く。
前髪があると、おでこが暖かい気がする。
前髪があると、眼鏡を掛けている様に、1枚フィルターを介した世界に、周りを見る事が出来る気がする。
前髪があると、独りきりの氷の上でも、少しだけ怖くなくなる気がする。
守られている様な、
自分の全てを曝け出していない様な、
一線を引いて自分を、周りを冷静に見詰められる様な――。
「へえ? 初めて聞いた」
匠海のその相槌に、ヴィヴィの自分の思考にどっぷり嵌まっていた意識が、素早く現実に引き戻された。
「……言ってない、もん……」
誰にも言っていない。
母に「なんで前髪、切っちゃったの?」と呆れながら尋ねられた時も、「なんとなく……」としか答えていなかった。
「そうか」
少し嬉しそうにも聞こえる兄の呟きに、ヴィヴィは盛大な溜息を吐いた。
「はぁ……。もう、やめよう……こんなこと……」
「どうして?」
「無意味だよ……」