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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第97章        

「…………もう、今日は寝るから」

 静かにそう言い置いて書斎から出て行くヴィヴィのその後ろ姿に、匠海の暖かな声が追って来る。

「おやすみ、ヴィクトリア。愛しているよ」

「………………」

 ヴィヴィは就寝挨拶も返さず、無言のまま書斎を出て行った。

 自分のリビングに戻ったヴィヴィは、真っ直ぐバスルームに向かおうとし、後から続いて入って来た朝比奈に呼び止められた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 その気遣わしげな言葉に、ヴィヴィは背を向けたままこくりと頷く。

「ん……、大丈夫。ごめん、なさい……」

「ならば、よろしいのですが……。ハーブティーの用意をして参ります」

 いつものヴィヴィの日課であるそれを、階下へ用意しに行こうとする朝比奈を、ヴィヴィは声だけで呼び止めた。

「あ……、今日は、いい……」

「さようですか?」

「えっと……、もう、寝る……。歯、磨いて……」

 ぽつぽつとそう自分の意思を伝えてくるヴィヴィに、朝比奈は恭しく頷いた。

「畏まりました。おやすみなさいませ、お嬢様」

「ん……、おやすみなさい……」

 ちらりと一瞬だけ自分の執事を振り返り、そう挨拶したヴィヴィは、そそくさとバスルームへと逃げた。

 バスルームの扉を閉めたヴィヴィは鏡の前に立ち、ゆでだこ状態の自分の顔を確認し、がっくりと洗面台に手を着いた。

「な、なんで……? あんなこと、くらいで……?」

 ヴィヴィの潤った唇から零れるのは、戸惑いながら自分自身へと問い掛ける言葉。

 物心付いた頃から、兄には口元の汚れを拭って貰っていたではないか。

 本当に小さな頃は、確かぺろっと舐め取られていた気もするし。

 それなのに、なんで今になってこんなにあからさまに、自分は反応してしまったのだろう。

 もう自分には、兄に対する恋心など無いというのに。

(お兄ちゃん……、どう思った、だろう……)

 ヴィヴィは一瞬そう疑問に思ったが、すぐにその答えは導き出された。

 いくら鈍感なヴィヴィでも、それくらいは容易に想像がつく。

 妹に触れたら真っ赤っかになって反応した = 妹はまだ自分に気がある。

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