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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第98章           

「寒くないか?」

 紺色のスーツに身を包んだ兄が、後ろから静かに付いてくる妹を、歩きながら気遣わしげに振り返る。

「…………ん」

 上下をスポーツウェアに身を包んだヴィヴィは、こくりと頷きながら兄の1歩後ろを歩いていた。

 どこに行くのだろうとヴィヴィが首を捻り始めた頃、庭の一角で兄は歩を止めた。

 そこは薔薇が沢山植えられている花壇だった。

 今は10月。

 一斉に咲き誇る春程とは言わないでも、それでも色取り取りの薔薇が充分美しく咲き誇っている様が、庭園に焚かれた外灯に照らされ、闇に浮かび上がっている。

「……薔薇……?」

 何故ここに連れて来られたのか分からないヴィヴィは、小さな声でそう呟く。

「ああ、今は秋だから、咲いているのは、そう……、四季咲きのものと繰り返し咲きのものが、主だな……」

 匠海はそう言いながらヴィヴィを振り返って、手招きする。

「おいで。ヴィクトリア」

「…………な、に……?」

 恐るおそる近付いて来たヴィヴィに、兄は目の前にある1つの株を片手で指し示した。

「これ、植えたんだ」

 匠海が言うこれとは、薔薇の大苗。

 葉も余分な枝も落とされた、茶色く太い枝だけの1株の苗だった。

 そしてその株の前に刺されていた、ガーデンプレートに記された薔薇の名前に、ヴィヴィは驚く。

「……あ……」

(……これって……)

「ああ。ペール・ギュントの薔薇の苗」

 兄の声を聞きながら、ヴィヴィは背の低い苗の前にぺたりと膝を付いた。

 両手が汚れるのも構わず、煉瓦組みの花壇の縁に手を付いたヴィヴィは、その株をしげしげと見つめたが――、

「……蕾……無い……」

 枝だけの株なのだから当たり前なのに、そんな事を言うヴィヴィに、匠海は楽しそうに笑いながら突っ込む。

「咲くのは、5月だからね」

「…………ふうん……」

「ヴィクトリアの昨シーズンのSPの衣装を見た時、育てたくなったんだよね、これ」

 ヴィヴィの隣に立った匠海から降ってきた、その暖かな声音。

 美しく磨き上げられた茶色の革靴をちらりと見つめたヴィヴィは、また視線を目の前の株に戻す。

「………………」

 ヴィヴィの昨シーズンのSP『ペール・ギュント』の衣装には、この薔薇が使われていた。

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