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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第98章
「ふうん……。 って――、まさか、これだけの為に帰ってきたの?」
灰色の瞳を見開いてそう発したヴィヴィは、今度は真っ直ぐに兄を見上げた。
「そうだよ。ヴィクトリアとの時間は、何よりも大切だからね」
柔らかな微笑みと共にヴィヴィを見下ろした匠海は、そう骨抜きになりそうな言葉を恥かしげも無く口にした。
しばし硬直したようにその場に佇んでいたヴィヴィは、ゆっくりと兄から視線を外し、自分のスニーカーに包まれた足を睨み付けた。
「…………この、すけこまし」
妹のそのまさかな突っ込みに、目の前の兄の身体が一瞬揺らいだのが、ヴィヴィにも分かった。
「お前は一体……、どこでそんな言葉を覚えてくる?」
「…………ふんだ」
どこまでもガキ丸出しのヴィヴィの返しに、匠海が吹き出す。
「あはは、お前は本当に、面白い」
いつまでも笑い続ける匠海に嫌気がさしたヴィヴィは、くるっと背を向けて一目散に屋敷へと走って逃げたのだった。
ヴィヴィは匠海と別れた後、自分の書斎に直行し、PCを立ち上げる。
そして検索したのは、薔薇のペール・ギュントのこと。
(今から冬が来るのに……、東京の寒さに耐えられるのかな……?)
そう、心配になってしまったから。
ヴィヴィは真剣に、とあるHPの薔薇紹介を読み込む。
『「ペール・ギュント」はゾーン4(最低気温は―28.9℃から―34.4℃)まで栽培OK』
その一文を見て、ヴィヴィはほっと胸を撫で下ろしている自分に気付く。
(……なに、してるんだろう……)
キーボードの上に這わされていた両手が、きゅっと握り締められる。
あの薔薇が寒さに耐えられなかろうが、そんな事は自分の知った事では無いのに。
何をこんなに真剣に心配して、検索までして……。
ヴィヴィは “兄の思うつぼな行動” を取った自分を責める様に、椅子の背もたれに華奢な背をぽすんと預ける。
「………………」
画面いっぱいに映し出された、薔薇の写真をその瞳に映す。
咲き初めは純黄色だが、その後に花弁の縁から薄紅色に変化していくその姿には、ほんわりとした温かみがある。
ろくでなしの主人公ペールの帰りを、年老いてもずっと待ち続けた、婚約者ソルヴェイグの様に――。