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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第98章           



『ヴィクトリアと一緒に、この薔薇を見たいな』



 先ほどの兄の言葉が脳裏によぎる。

 自分は見たいのだろうか。

 来年の5月――そう、2人の誕生月に、この薔薇を兄と見たいのだろうか。

「………………」

 ヴィヴィはそれを頭の中で考えてみたが、答えは導かれる事は無かった。






 エプソムソルトの足湯を済ませ、バスタブに張られた湯に身を委ねたヴィヴィの元、1通のメールがスマホに届いた。

『さっき言い忘れたけど、薔薇の水やりは

 1日に6回も7回も、しなくていいからね』

 匠海からのそのメールの内容に、ヴィヴィの丸みの残る白い頬がぷうと膨らむ。

 ヴィヴィは初等部の頃、夏休みの自主研究で『向日葵の観察日記』をつけていた。

 が、1日に6回も水をあげ、3日で枯らした過去がある。
 
 その事を弄られていると瞬時に察知したヴィヴィは、

「もうそんな子供じゃないもんっ」

とスマホに向かって喚く。

 そしてメールの文面がまだ続いている事に気付いたヴィヴィは、画面をスクロールして……固まった。

 そこに映し出されていたのは、本社のオフィスらしき場所にいる匠海の姿。

 着ているスーツも先程と同じ紺色のもの――つまり、兄は自分に「本当に会社にいるから」という証拠を送って来たのだ。

「………………」

 灰色の瞳が、まるでその心の内を表すように少しずつ見開かれていく。

 そしてその心の奥の、そのまた奥の自分の芯――冷たく冷え切っているそこに、温かな炎が火を灯そうとするかのように、静かににじり寄って来ていた。

 ヴィヴィの薄い唇が、何か言葉を発しようとしてか薄く開かれて、また静かに閉じられる。

 そしてその上にかざされた濡れた両手は、何故か微かに震えていた。

(もしかして――、

 ヴィヴィの為に、仕事を中断して帰ってきてくれたの?

 ヴィヴィの為に、薔薇の苗を手配して植えてくれたの?

 ヴィヴィと過ごす時間、そんなに大事に思ってくれてるの? )

 思い起こせば、3週間ほど前にも、同じ様な事があった。

 セックスしない日はいつも添い寝してくれていた兄が、帰宅しなくて。

 その事実に恐怖を覚えて兄の寝室で泣いていたヴィヴィに、匠海は会社から何度も電話やメールをくれていた。

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