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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第98章
「…………あ、り」
「え? 蟻?」
妹の言葉に、自分に蟻がたかっていると思ったらしい匠海が、自分の手足をきょろきょろと確認しだす。
その見当違いな兄の行動に、一瞬詰まったヴィヴィは、またちらりと兄を盗み見しながら呟いた。
「……っ ……ありが、とっ」
(……何にか、よく、分かんないけどっ)
心の中ですかさずそう付け加えたヴィヴィに、兄妹の私室の境界線に立っていた匠海が、驚いたように妹を見つめた。
「……ヴィクトリア」
そう愛おしそうに自分を呼ぶ兄の声に、ヴィヴィは居た堪れなくなり、またバスルームへと取って帰り、その扉を閉めた。
ヴィヴィの胸は、いつの間にか鼓動が凄い事になっていた。
それに今頃になって気付いたヴィヴィは、悔しそうに顔をしかめる。
(違うし……。お兄ちゃんにドキドキしてるんじゃないし……。いきなりだったから、ただ驚いただけだしっ)
そうだ。
お礼を言ったのだって、当然のマナーだからそう口にしたまでであって、決して兄が自分の演技を見てくれたからでも、わざわざ「お疲れ」と労うために待っていてくれたからでも、疲れている自分をおもんぱかってくれたからでも、ない。
そう、決して――。
「…………ふんだ」
ヴィヴィはそう呟くと、頭の中で自分の不可解な言動を否定しながら、歯磨きをするのであった。
10月19日(月)~21日(水)の3日間。
学校とリンクと屋敷――その3つの往復という、息の抜き場の無い閉塞された状況。
そしてNHK杯の精神的・肉体的疲労が抜け切らない双子は、その短い期間で試合にて見つかった修正点をプログラムに改良を施し。
果たして色んな事が4日後の中国杯に間に合うのか――? という不安も手伝い、2人とも正直一杯いっぱいになっていた。
テレビやネットを繋げれば、自分達の試合の報道をするマスコミが目に入る。
その全てが賞賛する内容だったにも関わらず、普通の精神状態と違っていたヴィヴィは、正直それを目にするのも苦痛だった。
(自分達で選んだんだから、この試合スケジュールで行くって……。弱音吐いちゃ、駄目……)
双子はそれぞれでそう思い詰めていたせいもあり、移動中に2人でいてもあまり話さなくなっていた。