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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第99章
(……今、聞かないと、確かめないと、ずっと気になっちゃう……)
そう頭では解ってはいるのだが、やはり襲い来る恐怖に舌が強張る。
「ヴィクトリア……、こっち、向いて?」
「………………」
兄のそのお願いにも、ヴィヴィは徐々に黒砂が無くなっていく砂時計の上部を見下ろすだけで、微動だにしない。
「ほら、何言われても怒らないから。何でもいいから、言ってごらん?」
まるで猫撫で声の様な兄のその囁きに、ヴィヴィの灰色の瞳が迷う様に左右に振れ始めた。
それを見抜かれたのか、匠海はヴィヴィが腰掛けている椅子の肘置きを両手で掴むと、くるりと椅子を回転させて自分の方に向けてしまった。
「………………っ」
兄のまさかの行動に、ヴィヴィは咄嗟に目の前の匠海の顔を見上げてしまう。
ばちっと音がしそうなほど重なり合った互いの視線。
決して逸らさせるものかという、兄の意思が痛いほど伝わるその瞳の強さに、ヴィヴィは目を逸らせなかった。
少しだけ前のめりになった匠海が、凛々しい顔を切なそうに歪め、自分の顔を覗き込んでくる。
「ヴィクトリアの可愛い声、聴きたい……。お願いだよ。お兄ちゃんに、何でもいいから話して?」
目の前の兄は、自分の持てる全ての武器を使って妹を誑し込んできていた。
低めのよく響く声で、優しく甘く囁き。
距離が近づいた事により、より濃厚になる兄自身の魅惑的な香り。
柔らかな繭で拘束する様に、逃げ場を作らせない両腕で、椅子の中にその身を閉じ込め。
そして逸らせない瞳の先には、妹が物心付いた頃から乞い続けてきた、紛れもない兄の麗しい姿。
(ずるい……。っていうか、 “誘惑” っていうのは、こういう事を言うんだ……)
ヴィヴィは自らの愚かな行いを、素直に認める。
昨日までの3日間、自分が兄に対して行ってきた事。
あんなものは今の兄の姿を目の前にしたら、 “誘惑” の「ゆ」の字も出来ていなかったのだと思い知らされる。
不思議と悔しさや敗北感という感情は、湧き上がって来なかった。
小さく息を吐き出すと、覚悟を決めたようにぐっと目蓋を閉じる。
数秒してゆっくりと上げられた目蓋の奥、灰色の瞳の中にあった感情――それは “諦め” だった。