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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第100章
(確かめ、ないと……、色んな事を……。聞かないと、お兄ちゃんから……)
そう、そうしないと前進も後退も無い。
兄は自分と向き合い始めてくれている――本当ならば口にするのも苦痛であろう、自分の病気を告白してまで。
正直、怖い。
自分のせい行いで、遠く離れた異国の地で、独りで苦しみ抜いてきたであろう、兄の真実を受け止めるのが。
正直、辛い。
またあの時の様に、心無い酷い言葉で傷つけられるかもしれないことが。
けれど、向き合うしかない。
それが今、自分が真っ先にすべき事で、自分にしか出来ない、最優先事項だ。
ヴィヴィは壁掛け時計を見上げる。
兄が帰宅予定の時間まで、まだ1時間以上ある。
本来ならば今の自分は、スケートと受験勉強で1分1秒を無駄に出来ない筈なのだ。
せめてそれだけはしない様にと、ヴィヴィは目の前の楽譜に視線を向ける。
『バラード』の最後を飾る劇的なコーダ(終結部)は、最大の聴かせどころではあるが、技術的にも高度なものが要求される。
気がそぞろでも、練習する部分を短く区切って弾いていけば、集中出来るかもしれない。
ヴィヴィはその練習方法で、繰り返し苦手な部分の克服に努めた。
1時間後。
練習を続けていたヴィヴィの手を止めさせたのは、防音室の扉を開けて入って来た匠海だった。
視界に入った兄の姿にすぐに演奏を止めたのに、匠海は簡単にその曲名を言い当ててくる。
「ん? ああ、バラードか……。第4番は、やらないのか?」
「え……? えっと、この次にやるって、言ってらした……」
「ただいま」でも「おかえり」でも無く発せられた兄の言葉に、ヴィヴィは戸惑いながらも答える。
「ヴィクトリアは、第1番の方が好きだろう?」
妹の傍に寄った兄が、譜面を覗き込みながらそう指摘した理由は明確だ。
『バラード』は第4番まである。
今ヴィヴィが練習している第1番は、旋律も馴染みがあり、難度が高いとはいえ演奏技術も手頃で、派手で演奏効果も高い。
一方の第4番は哀愁に暮れ、聴いている者には難易度が伝わりにくいが、実は技術的に大変高度なものを要求される難曲だ。