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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第23章
「最初は『海の路』という題名もあり、日本の海を表現しようかと思っていたんです――ほら、東映のオープニングの荒磯に打ち付ける日本海の大波――といったような……元々は男子選手のために温存していた曲なので」
宮田の話に、コーチ陣は腕組みしながらふんふんと頷く。
「しかし、正直――ここにきて迷いました」
そこで言葉を区切った宮田は、ヴィヴィをじっと見つめる。
「…………?」
ヴィヴィはCDケース片手に、なんだろうとこてと首を傾げる。
そのあまりにも幼い仕草を見て、宮田はとても困惑した顔をした。
「陸に上がると『こんな』ヴィヴィですけど、サロメを踊っているリンク上のヴィヴィは、もはや別人でした」
宮田に指差され『こんな』と表現されたヴィヴィ本人は、意味が分からず隣のジュリアンを見る。
「つまり陸上のヴィヴィはいつまでたっても『お子ちゃま』って意味よ!」
的確にそう指摘したジュリアンの言葉に、ヴィヴィはショックでがくりと項垂れた。
「『こんな』……『お子ちゃま』……」
ヴィヴィが恨めしそうにぶつぶつ呟く傍ら、コーチ陣の話は進む。
「それでー―?」
「考えた挙句、僕は今回のSPのテーマは『わびさび』にしようと思います」
真剣な表情でそう語る宮田だったが、それに賛同したのはサブコーチとトレーナー、牧野マネージャーだけだった。
つまり純粋な日本人でないジュリアンとヴィヴィだけが、当惑の表情を浮かべた。
「マム……じゃなかった、コーチ。『わびさび』ってなんですか?」
「あのねえ……生粋の英国人である私が、知るはずないでしょう? ええと、『わさび』のこと――?」
日本に在住して十五年は経とうという二人の信じられない会話に、周りが度肝を抜かれる。
「え――っ!?」
「本当に分からないの、二人とも?」
「ヴィヴィなんて、こんなに日本語流暢に喋れるのに……」
三人の純日本人にそう突っ込まれたヴィヴィ達だったが、知らないものは知らないのだ。
「うん。言葉は聞いたことあるけど、意味分かんない」
けろっとそう言ってのけたヴィヴィに、宮田が「え~……」っと彼らしくない弱々しい声を上げる。
その後宮田による『わびさび』講座を受けたジュリアンとヴィヴィは何とか意味を理解し、リンクでの振付を開始した。