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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第101章
「そんな……、言ってくれれば、よかったのに……」
「いや……、俺が行くって言ったら、ヴィクトリア、凄く嫌がりそうだったし」
そう言って妹のおでこを軽くでこピンした匠海に、ヴィヴィは微妙な顔をする。
「……あ~~……」
(確かに……あの頃のヴィヴィなら、そうだったかも……)
その頃のヴィヴィは兄の愛の言葉なんて、微塵も信用していなかったし、匠海の総てに全力で思いっきり反抗していた。
「ショート。ヴィクトリアが、凄く緊張しているのが伝わってきて、俺まで緊張した」
「うん、初戦だったし、ね……」
特に今年は、毎年出場しているジャパンオープンに出場しなかった為、プログラムの初披露の場でもあり、どのような評価を受けるかという点でも気に掛かっていた。
匠海はヴィヴィの髪を撫で付けながら続ける。
「とても素敵だったよ。伸びやかで、可憐さもあって。それに、楽しそうで」
「ほ、本当……?」
実は、兄はNHK杯を終えて帰宅したヴィヴィに、同じ事を言ってくれていた。
ヴィヴィも勿論それを覚えていたが、あの時は匠海の評価など、てんで無視していたのだ。
「うん。何より、スケートをする “喜び” が凄く伝わってきた」
匠海のその言葉に、ヴィヴィはぴくりと唇を震わせる。
「……うん。そう……。そう、思って、滑ってたの……」
SPの『喜びの島』を滑りながら、ヴィヴィはずっと喜びを噛み締めていた。
ジャンプ等の要素が決まっていくのも勿論だが、こうやって観衆の前で滑る事の出来る喜び、この場に戻って来る事が出来た幸せを胸に、一つひとつを丁寧に表現していったのだ。
そして、自分を取り戻させてくれた、大切なクリスに対する感謝の念も――。
(お兄ちゃん……、分かって、たんだ……)
「だから、滑り終えてから、泣いちゃったんだろう?」
「え……?」
目の前に横たわる兄が、優しく眉尻を下げて自分を見つめている。
「3度の飯より大好きなスケートを続けられて、お客さんの前でちゃんと滑り切る事が出来て、嬉しかったから……」
「……ん……」
一度スケートを捨てる決心をしたヴィヴィにとって、それはとても大切な事だった。