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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第102章            

 匠海の大きな掌が、鍵盤へと降ろされる。

 冒頭のトリルは純度が高い、水晶の如き透明感。

 もう最初の一音だけで、ヴィヴィは兄の演奏の虜になる。

 自身も、しこたま練習した『喜びの島』。

 圧倒的に難しいこの曲は、技巧面の限界を誤魔化す為、テンポを崩し揺らす奏者が多い。

 匠海のは不要な揺らしを排除し、一直線に突き抜けるその爽快感と、濁り知らずのクリアなタッチ。

 それによって生み出される、ひとつの音楽としての的確な流れ。

 それでいてダイナミクスの幅が広く、匠海らしい妖艶さも相まって、息をつく暇も与えてくれない。

 終盤のファンファーレ調からの音色は更に輝き、喜びと幸せに満ち、高揚が最高潮に達する最後のトレモロは、圧倒的な迫力でもってフィニッシュする。

(……凄、い……っ)

 そうとしか、表現の仕様がない。

 匠海の演奏を聴く度、ヴィヴィはいつもピアノという楽器の魅力を、改めて認識することになる。

 兄のそれには、まるで独りでオーケストラを奏でるような凄みがある。

 両手を鍵盤から降ろした匠海が、にやりと嗤いながらヴィヴィに視線を寄越してくる。

「お気に召しましたか? お嬢様」

「……すご……い……。凄い凄いすごいっ」

 ヴィヴィは心の底から溢れるままにそう連呼し、胸の前で両の拳を握り締めて興奮に頬を染めた。

「それはどうも」

 胸に片手を添え、恭しく賞賛に対する礼を尽くした匠海に、ヴィヴィは傍に寄りながらしみじみと口を開く。

「お兄ちゃんって……」

「ん?」

「ん……。お兄ちゃんって、エロいだけじゃ、ないんだね~?」

 うんうんとしたり顔で頷きながらそう呟いた妹に、

「~~っ!? オイこら待てっ」

 匠海は切れ長の瞳を剝いて、そう吠えた。

「あははっ」

 兄をからかう事に成功して明るい声で笑うヴィヴィを、匠海は肩を竦めて見守っていた。

「ほら、そろそろ寝ないと。明日、4時起きなんだろう?」

「ん……。お兄ちゃん、素敵な演奏、ありがとうございました」

 ヴィヴィはそうきちんと演奏の礼を述べると、ぺこりと兄に頭を下げた。

「どういたしまして。お役に立てて光栄ですよ」

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