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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第25章
そして背後でも鼻を啜る音がした。振り向いたヴィヴィの視線の先には双子の執事である朝比奈が、銀縁眼鏡の奥に浮かんだ涙をそっと白いハンカチでぬぐっていた。隣に立っていた家令や匠海の執事は苦笑いしながら朝比奈を見つめている。
(うわぁ……ここにもいた……親馬鹿ならぬ、執事馬鹿が……)
双子が物心ついたころから常に傍に付き従ってきた朝比奈から見れば、二人はもう我が子の様なものかもしれない。
そしてテレビで知った、ヴィヴィさえも知らされていなかった事実が一つ――。
クリスはロシアから帰省後、通っていたダンススクールで倒れていたのだ。
タンゴのレッスン後、一人で鏡の前で復習をしていたクリスは急にがくりと細い膝を折り、跪いた。画面に大きく映し出される、床に両手を付いて激しく呼吸を繰り返すクリス。なまじ華奢な体格なのでその細い体から振り絞るようにぜいぜいと苦しそうな息遣いが発せられると、見ているこちらまで苦しくなる。顔色はまるで紙のように白い。
そしてクリスの息は徐々に荒くなり、やがては過呼吸症状を引き起こした。
『袋っ! 誰か、袋持ってきて――っ!!』
緊迫したスタッフの声が、現場の騒然とした空気を物語っていた。
「……私も、知らなかったよ……クリス……」
ヴィヴィは右隣のクリスをそう言って見つめる。話を振られたクリスは、ポーカーフェイスの中にも若干嫌そうな表情を滲ませた。
「なんてこと、ない…………ただ……」
「ただ……?」
「……ただ、一人で勝手に、焦ってた……それだけ……」
静かにそう言って目を伏せたクリスを、ヴィヴィは意外な面持ちで見つめた。
(クリスが……?)
クリスは冷静沈着を絵に描いたような人間だ。自分の理想に一歩でも近づくために日々の努力を惜しまないストイックさと、生まれ持っての勘の良さで何でもそつなく熟してしまう器用さを兼ね備えている。
つまり――そうやって着実に生きてきたクリスが「焦り」を訴えた姿など、ヴィヴィは初めて目にしたのだ。
ジャパンオープンでヴィヴィが感じ取ってしまったプレッシャーを、あっさりと跳ね除けてくれた双子の兄。そのクリスがまさか一人で焦り苦しんでいたとは知らず、ヴィヴィは自分のことばかりに必死で周りが見えていない自分を恥ずかしく思った。